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AI時代に必要なスキルはリーダーシップかAI活用力か|経営層調査「リーダーシップ86.3%」を人間力優先と読んではいけない理由

公開日

2026年9月21日

更新日

2026年9月21日

今後3〜5年で必要になる力の1位はリーダーシップで86.3%、デジタル・AI活用能力は48.9%で4位。日経ビジネスとグロービス経営大学院が2026年9月18日に公表した調査で、経営層139人が答えた数字です。37ポイントという差は見た目に強く、「AI研修に予算を割くより人間力を育てるべきだ」という読み方を誘います。

ただ、この調査からその結論は出てきません。標本の性質と設問の形を確かめると、読み取れるのは別のことです。誰が答えたのかを押さえると「経営層の8割が生成AIを日常利用」は日本の経営層一般の姿ではなくなり、複数回答の順位は「どの力が足りないか」ではなく「どの力がいつの時代も必要とされるか」を測っています。そして経営層と一般社員で答えが逆を向いた設問こそ、研修の設計を変えるだけの情報を持っています。順に見ていきます。

この調査は誰に何を聞いたのか

調査主体は日経ビジネスとグロービス経営大学院で、対象はグロービス経営大学院の在学生・卒業生の約1万人です。Webアンケートで2026年5月19日から6月14日まで実施し、有効回答は618件、そのうち経営層が139人でした。結果の一部は日経BPのプレスリリース(2026年9月18日)で公表され、日経ビジネス電子版には日経ビジネス電子版「[独自調査]経営層の8割「AI日常利用」 最も必要なのは「リーダーシップ」」として掲載されています。誌面では日経ビジネス2026年9月21日号の特集で扱われ、グロービスによる詳しいリポートの掲載は2026年10月ごろの予定です。

まず回答率です。約1万人に配って618件ですから、およそ6.2%です。残りの約94%は答えていません。回答率が低いこと自体は珍しくありませんが、答えた人と答えなかった人が同じ性質だとは考えにくい設計です。テーマがAI活用ですから、AIを使っていて話したいことがある人のほうが回答しやすい。これは無作為抽出ではなく、自己選択で集まった標本です。

母集団の側も偏っています。グロービス経営大学院の在学生・卒業生は、自分の時間と費用を投じて経営を学ぶことを選んだ人たちです。経営層139人は、そのなかでさらに経営層という立場にいる人です。この139人のうち生成AIを「業務の中核で、AIなしでは業務遂行が困難」と答えた人が23.7%、「ほぼ毎日利用」が56.1%で、合わせて79.8%が日常的に使っています。n=139でこの79.8%に95%信頼区間をつけると73.1〜86.5%です。この幅の内側にあるのは「MBAを学び、かつAIの調査に回答を返した経営層」の利用率で、日本の経営層一般の利用率ではありません。

だからこの調査は「日本の経営層はどうか」には答えていません。答えているのは「経営を学び直した層が、AIについて何を必要と考え、どこで詰まっているか」です。研修を設計する立場から見ればむしろこちらのほうが使える情報で、学習意欲の高い層でも起きている詰まりは、そうでない層ではもっと強く起きているはずだと考えられます。

86.3%と82.7%の差は意味があるのか

経営層139人が「今後3〜5年で必要になる力」として挙げた割合は、リーダーシップ86.3%、コミュニケーション能力82.7%、やり抜く力79.1%、デジタル・AI活用能力48.9%、データ分析・活用能力31.7%です。139人という人数で、この順位はどこまで信じられるのでしょうか。

比率の誤差は標準誤差から見積もれます。割合をp、人数をnとすると標準誤差は √(p(1−p)/n) で、95%信頼区間はその1.96倍を前後に取った幅です。リーダーシップの86.3%なら √(0.863×0.137/139) ≒ 0.029 で、1.96倍して約±5.7ポイント。同じ計算を5項目に当てはめると次のようになります。

今後3〜5年で必要になる力 「必要」と答えた割合 95%信頼区間(n=139)
リーダーシップ 86.3% 80.6〜92.0%(±5.7pt)
コミュニケーション能力 82.7% 76.4〜89.0%(±6.3pt)
やり抜く力 79.1% 72.3〜85.9%(±6.8pt)
デジタル・AI活用能力 48.9% 40.6〜57.2%(±8.3pt)
データ分析・活用能力 31.7% 24.0〜39.4%(±7.7pt)

上位3項目の区間は大きく重なっています。リーダーシップの下端80.6%はやり抜く力の上端85.9%より低く、3項目はどれが1位でも不思議ではない範囲に収まります。「1位はリーダーシップ」という見出しは、7.2ポイント差を順位として書いたものですが、n=139ではその差を順位として扱う根拠が足りません。

いっぽう上位3項目とデジタル・AI活用能力の間は事情が違います。やり抜く力の下端72.3%と、デジタル・AI活用能力の上端57.2%の間には15ポイント以上の隙間があり、区間はどこも重なりません。この調査で誤差より確かに言えるのは「1位はリーダーシップ」ではなく「人間側の力3つとデジタル・AI活用能力の間に約30ポイントの段差がある」ということです。

ひとつ補足すると、2つの項目の差そのものに誤差をつけるには、独立した2標本なら各標準誤差の二乗和の平方根を使えますが、今回は同じ139人が複数の選択肢に答えているので2つの回答は独立ではなく、この式はそのまま当てはまりません。ここで示した区間は各項目単独の精度で、区間が重なるかどうかで差を見るのは控えめな判断です。それでも約30ポイントの段差は残ります。

複数回答の「必要」順位は何を測っているのか

設問形式について、プレスリリースには複数回答かどうかの記載がありません。ただ5項目の合計が328.7%になるので、複数回答と見られます。選択肢の全体像や、一般社員・管理職の数値は2026年9月21日時点では公表されていないため、ここでは経営層の5項目だけを扱います。

複数回答で「必要な力」を選ばせると、選ばれやすい選択肢には共通の性質があります。いつの時代でも、どの業種でも、誰の仕事でも必要だと言える力です。リーダーシップとコミュニケーション能力は、AIが話題になる前から同種の調査の上位常連でした。やり抜く力も同じで、これらに反対する理由を持つ人はほとんどいません。つまり高い数字は「その力が今いちばん足りない」の指標ではなく、「その力が誰にとっても否定しにくい」の指標として出ている面があります。

比較できる調査でも同じ形が見えます。世界経済フォーラムのFuture of Jobs Report 2025(2025年1月、22業種・55の経済圏の1,000社超)では、2025年時点のコアスキルの上位は分析的思考、レジリエンスと柔軟性・敏捷性、リーダーシップと社会的影響力、創造的思考、動機づけと自己認識の順で、分析的思考は企業の約7割が必須と答えています。AIとビッグデータは上位5位には入りません。ところが同じ報告書は、2030年までに最も需要が伸びるスキルの首位としてAIとビッグデータを挙げ、コアスキルの39%が2030年までに変化すると述べています。重要度の順位では人間側の力が上に来て、変化の速さではAI側が上に来る。設問が違えば別の順位が出るという、ちょうどその実例です。

ここから「AI研修より人間力に予算を」という読み替えが飛躍になる理由が見えます。「必要」と答えた割合は、その力がどれだけ不足しているかを測っていません。リーダーシップが86.3%で必要とされていても、すでに足りているなら研修の出番はありません。逆にデジタル・AI活用能力が48.9%でも、半分の経営層が今後必要になると答えているなら、対象者が絞られただけで需要としては小さくありません。必要度と不足度、そして研修で動かせる度合いは別の量です。この設問が並べているのは「優先して投資すべき順」ではなく「否定しにくい順」で、予算配分の根拠にはそのままでは使えません。

実務の側の数字も、AI側の力の軽視には向いていません。社内でAIを使える人に仕事が集まり始めている実態は5社に1社で「AIを使える人に仕事が集まる」が始まったで扱いました。意識調査で選ばれる順位と、仕事が実際に集まる先は同じ方向を指していません。

経営層と一般社員で課題が逆転している

この調査でいちばん使えるのは、必要な力の順位ではなくAI活用の課題を役職別に見た部分です。「業務で使用できるツールの制限が厳しい」は経営層15.1%に対して一般社員37.6%、「試行錯誤や失敗を許容する文化がない」は経営層13.7%に対して一般社員26.8%。ところが「AI活用のガイドライン・ルールが未整備」は経営層33.1%に対して一般社員21.0%で、向きが逆になります。

一般社員の回答者数は公表されていないため、一般社員側の信頼区間は計算できません。経営層側だけを出すと、15.1%は9.1〜21.1%、13.7%は8.0〜19.4%、33.1%は25.3〜40.9%です。一般社員の37.6%は15.1%の区間の外にあり、経営層以外の回答者は合計479人以下なので、仮に一般社員が100人でもこの差は誤差の外に残ります。ツール制限の差は確かだと言ってよいでしょう。残る2組は差が小さく、一般社員の人数が分からないままでは誤差の内か外かを決められません。

そのうえで3組が描く形には筋が通っています。ツールに制限をかけるのは経営層の側で、制限をかけた本人は制限を不自由として感じにくい。失敗を許容する文化を作るのも経営層の側で、許容されているかどうかを試されるのは一般社員の側です。逆にガイドラインを整える責任を負っているのは経営層で、まだ整っていないという自覚はそちらに強く出る。同じ職場を見ていても、ルールを作る側はルールの不在に気づき、ルールの中で働く側はルールの窮屈さに気づくという非対称がここに出ています。

研修の設計に翻訳すると、経営層と一般社員に同じ内容を配るのは無駄が多いという話になります。経営層が困っているのはガイドラインと、ガイドラインに落とすための判断です。どこまで入力してよいか、出力をどこまで根拠に使ってよいか、誰が最終責任を持つかという線を引く作業で、ツールの操作を覚えても解決しません。一般社員が困っているのはツールの制限と、失敗が許されない空気です。ここで操作研修を配ると、使えないツールの使い方を教えることになります。

  • 経営層向け:入力してよい情報と使ってよい出力の線引き、責任の置き方、ガイドラインを現場の判断に落とす手順
  • 一般社員向け:許可された範囲の中で何ができるかの見極めと、AIの出力を自分で確かめる手順

後者は操作よりも検証の技術です。もっともらしいけれど中身が薄い成果物が回り始める現象はワークスロップとは?で、AIに任せ続けて自分の技能が落ちていく現象はAIデスキリングとは?で扱いました。どちらも操作を覚えるだけでは避けられず、出てきた数字や文章が妥当かを自分で判断できるかにかかっています。

よくある質問

経営層に必要なのはAIスキルとリーダーシップのどちらですか?

この調査はその問いに答えていません。複数回答で「今後3〜5年で必要になる力」を選ばせた結果なので、どちらがより不足しているか、どちらを先に手当てすべきかは分かりません。読み取れるのは、リーダーシップのような普遍的な力は否定されにくく高い割合が出るのに対し、デジタル・AI活用能力は回答者の半分が選ぶ位置にある、という分布の形だけです。

n=139の調査結果は信用できますか?

人数から来る誤差は計算できます。139人で割合が80%前後なら95%信頼区間は約±6ポイント、50%前後なら約±8ポイントで、数ポイントの差を順位として読むには足りません。より大きな問題は人数ではなく標本の集め方で、母集団がグロービス経営大学院の在学生・卒業生、回答率が約6.2%という自己選択の強い設計です。この偏りは人数を増やしても消えません。

管理職向けのAI研修では何を教えるべきですか?

この調査は管理職の数値を公表していないため、管理職に限った答えは出せません。経営層と一般社員の課題の出方から言えるのは、ルールを作る立場と使う立場の両方に接している管理職には、線引きの判断とその説明の仕方が必要になりそうだということです。制限の理由を部下に説明でき、現場で出てきた無理をガイドラインの見直しに戻せる人が、この非対称を埋める位置にいます。

経営層の生成AI活用率79.8%は日本企業全体の値ですか?

違います。これはグロービス経営大学院の在学生・卒業生のうち経営層にあたる139人の値で、95%信頼区間は73.1〜86.5%です。母集団はビジネススクールで学ぶことを選んだ層で、しかもAI活用に関する調査に回答を返した人に限られます。日本の経営層一般の利用率としては高めに出ていると考えるのが自然です。

この調査を研修の話に引き寄せるなら、必要な力の順位表ではなく、役職によって課題の見え方が逆を向いた部分のほうが手がかりになります。経営層にはガイドラインと判断、現場には制限の中での見極めと検証。和からでも、AIが出した答えや数字をどう確かめるかを統計の見方とあわせて考える生成AI研修を法人向けに行っています。誰に何を配るかを決めてから中身を選ぶと、同じ予算でも届き方が変わります。

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