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「歴史上最高の数学者」ガウス!一体何をした人物なのか|生涯と業績をやさしく解説

公開日

2022年6月20日

更新日

2026年7月26日

1792年頃、当時15歳の少年カール・フリードリヒ・ガウスは、1日15分ずつ時間をかけて1,000個ずつの自然数にそれぞれいくつの素数が現れるかを調べました。大きな数になるほど現れる素数が減っていくことに気が付いた彼は、約100年後に証明されることになる整数論の極めて重要な定理「素数定理」を予想しました。

後に「歴史上最高の数学者」と言わしめる大数学者ガウスの、数あるエピソードの一つです。みなさんは、毎日欠かさず続けていることはありますか?

今回は「数学王」の異名をとり、物理学でも電磁気学などで大きな貢献をしたガウスが、いったいどんな人物なのか、何を発見した人物なのかを見ていきましょう。

この記事のポイント

ガウス(1777-1855)はドイツの数学者で、数論・代数・幾何・天文・電磁気のすべてに決定的な業績を残した
小学生のころ「1から100までの和」を、両端をペアにする発想で数秒で解いた逸話が有名
1796年、定規とコンパスによる正17角形の作図を発見。約2000年ぶりの前進で、数学者になる決意を固めた
正規分布(ガウス分布)、ガウスの法則、ガウス・クリューゲル図法など、多くの用語に名前が残っている

結論|ガウスは数学のほぼ全分野を一人で塗り替えた人物

ガウスの何がすごいのかを一言でいえば、「専門分野が絞れないほど、あらゆる領域で第一級の仕事をした」ことです。数論、代数学、幾何学、天文学、測地学、電磁気学——現代ならそれぞれが別の学者の一生分の仕事になる領域を、ガウスは一人で切り拓きました。しかも、そのかなりの部分を生前は発表していません。

カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1855)
カール・フリードリヒ・ガウス(1777 – 1855)

ガウスはどんな人?──レンガ職人の家に生まれた神童

ガウスは1777年、ドイツ北部の都市ブラウンシュヴァイクで生まれました。両親とも学問とはまったく無縁の家庭環境でしたが、彼は子どもの頃から無類の天才ぶりを発揮していました。

ガウスが地元の小学校に入って間もないころ、ある教師が授業で出題した「1から100までの数字すべてを足すといくつになるか?」という問題を即答したことは、現代まで語り継がれています。

教師がガウスに出題した問題
1 + 2 + 3 + 4 + 5 + … + 100 = ?

まじめに1つずつ足していけば、当然かなりの時間がかかります。しかし、ガウスは計算方法を工夫することで、わずか数秒で正しい答えを求めてしまったのです!

ガウスはどう計算したのか

ガウスが使ったとされるのは、両端からペアをつくるという発想です。

1 + 100 = 101
2 + 99 = 101
3 + 98 = 101
(以下同様)

どのペアも和が101になり、1から100までの数でこのペアは50組つくれます。つまり答えは 101 × 50 = 5050。これが数秒で答えを出せた種明かしです。

ところでこの問題、数列や部分和の扱いを学んだ現在の高校生からすると、計算方法自体はそこまで難しいものではありません。体系立てられた学問にほぼ触れたことがない小学生が、発想だけでたどり着いたという点で、彼の天才ぶりが際立つエピソードとなっています。

彼にとってもはや学校の授業は不要であると気づいた算数教師のビュットナーは、自費をはたいてより高度な算術の教科書をハンブルクから取り寄せ学ばせます。しかし、それもすぐに読み終えてしまい、「これ以上教えられることはない」と結論付けました。

教師たちは彼の父親に対し、大学で数学を勉強させるように何度も説得しました。大学に行く者がごく限られていた時代、当時レンガ職人であった父は早々に自分の仕事を継がせようと考えており、「職人に学問はいらない、大学など行かせる金もない」と突っぱねます。しかし、領主のカール・ヴィルヘルム・フェルディナントからの経済的な援助を得て、説得を重ねるうちにとうとうガウスの数学の才能を認め、ガウスは1795年にゲッティンゲン大学に入学することになります。

ゲッティンゲン大学。1737年設立、世界有数の大学
ゲッティンゲン大学。1737年に設立され、歴史に名を残す科学者を数多く輩出している現在でも世界有数の大学。

正17角形の作図──約2000年ぶりの前進

周囲のサポートもあってゲッティンゲン大学への進学を果たしたガウス。そんな彼が数学者を志すきっかけになったのは、古代ギリシャの数学者たちに起源をもつ作図問題でした。

作図問題とは、定規とコンパスだけを使って円や正多角形などを作図するというものです。1796年、ガウスは当時未解決であった正17角形の作図方法を発見しました。作図できる正多角形の種類が増えたのは実に約2000年ぶりのことで、この発見は数学界に衝撃を与えました。

この発見の日から、ガウスは数学的な発見を日記に付けるようになり、自分の将来の進路を数学者とすることに決めたといわれています。

学位論文で証明した「代数学の基本定理」

大学に入ったガウスは、その学位論文で、後に「代数学の基本定理」と呼ばれる定理の証明を与えました。これは、中学生・高校生が学んでいる方程式に関する非常に根本的な定理です。

17世紀にフランスの数学者によって提起され、レオンハルト・オイラー、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュが証明を試みて洗練されていくなかで、1799年にガウスが最初の証明を行いました。この証明のなかで複素数という一見不可思議な数が中心的な役割をもっており、代数学における複素数の重要性を決定づける定理となりました。

『整数論』と、天文学者としてのガウス

ガウスが貢献した分野のなかでも、数論の業績はとりわけ際立っています。1801年に刊行された著書『整数論(Disquisitiones Arithmeticae)』は、それまでばらばらだった整数の性質に関する知識を一冊の体系にまとめ上げ、以後の数論のすべての出発点となりました。

同じ1801年、ガウスは数学の外でも名を上げます。発見直後に太陽の方向へ隠れて見失われた小惑星ケレスについて、わずかな観測データから軌道を計算し、再発見の位置を言い当てたのです。このとき用いられた、観測データの誤差を評価する手法が最小二乗法で、現在の統計学・機械学習にまでつながる基礎技術になっています。

そのほかにも、等角写像による地球楕円体表面から平面への地図投影法はガウス・クリューゲル図法として、今日でも世界各国で活用されています。

発表しなかった仕事──非ユークリッド幾何学とガウスの信条

驚くべきことに、ガウスはそうした成果のすべてを発表したわけではありませんでした。生前に公表しなかった仕事が数多くあり、その理由はいくつか考えられています。

1つめは、ガウスにとって研究で美しい結果を得ること自体が最大の報酬であり、他人からの認知を必要としなかったこと。2つめは、世間の無理解や誤解によって生じる論争のわずらわしさを嫌ったことです。実際ガウスは、非ユークリッド幾何学の可能性についての自身の考えが世に漏れることに、極めて慎重でした。

3つめは、当時の成果発表手段の乏しさです。今のように論文原稿を送るべき学会誌や論文雑誌は存在せず、成果発表は主として自家印刷の小冊子や単行本によっていました。実際、ガウスの整数論も単行本として発表されています。アーベルの「代数方程式に関する論(五次の一般的な方程式を解くことの不可能の証明)」が自家印刷の粗末な小冊子として出され、当時は世間に認知されずに終わったのも同じ事情です。

なお、フーリエ級数展開を高速に計算する方法についても、ガウスはデータ数が2の冪乗の場合を論文に記述しています。これは後の電子計算機の時代にFFT(高速フーリエ変換)として定式化(=再発見)された方法と、本質的には同じものでした。

電磁気学への貢献と、電信機の発明

1831年以降、ガウスは電磁気学についても多くの回答を与えました。ガウスの定理・ガウスの法則・ガウス(磁束密度の単位)・ガウス単位系は、いずれも彼の名にちなむものです。

さらに、電気におけるキルヒホッフの法則にあたるものを発見し、物理学者ウェーバーとともに電信装置を作り上げました。これは1873年のウィーン万国博覧会に展示されています。なおモールスは、この話を旅行中の船上で人から聞き、思索の末に電信符号を発明しました。ガウスとウェーバーの電信機は電流計の針の振れ角の大きさで通信をするアナログ方式でしたが、モールス符号はデジタル方式です。またモールスは、英文に対して符号長が平均的に短くなるよう、印刷所の活字の割合を参考に符号の割り当てを決めています。

よくある質問(FAQ)

Q1. ガウスは何をした人ですか?

ドイツの数学者カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1855)は、正17角形が定規とコンパスで作図できることの発見、代数学の基本定理の証明、著書『整数論』による数論の体系化、最小二乗法、小惑星ケレスの軌道計算、電磁気学や測地学への貢献など、数学と自然科学のほぼ全域で決定的な業績を残しました。「数学王」と呼ばれます。

Q2. ガウスが子どものころに解いた有名な問題とは?

小学校の授業で出された「1から100までをすべて足すといくつか」という問題です。ガウスは前から順に足すのではなく、両端から1と100、2と99……とペアにすると和がすべて101になり、そのペアが50組できることに気づいて、101×50=5050と即答したと伝えられています。

Q3. 正17角形の作図はなぜそれほどすごいのですか?

定規とコンパスだけで作図できる正多角形の種類は、古代ギリシャ以来およそ2000年間ふえていませんでした。1796年にガウスが正17角形の作図可能性を示したことで、この長い停滞が破られたためです。ガウス自身もこの発見をきっかけに数学者になる決意を固めたといわれています。

Q4. 「ガウス分布」や「ガウスの法則」もこの人の名前ですか?

はい。統計学でおなじみの正規分布(ガウス分布)、電磁気学のガウスの法則、磁束密度の単位ガウス、地図投影法のガウス・クリューゲル図法など、非常に多くの用語にガウスの名が残っています。それだけ広い分野に足跡を残した人物でした。

まとめ|「毎日15分」の積み重ねが歴史を動かした

ガウスは、正17角形の作図、代数学の基本定理、『整数論』、最小二乗法、ケレスの軌道計算、非ユークリッド幾何学、電磁気学と、数学と自然科学のほぼ全域に決定的な足跡を残しました。正規分布(ガウス分布)やガウスの法則など、いま私たちが日常的に使う用語の多くに、その名前が残っています。

そして忘れてはならないのが、冒頭のエピソードです。15歳のガウスが素数定理にたどり着いたきっかけは、1日15分の観察を積み重ねることでした。天才の物語のようでいて、実は誰にでも真似できる部分があるのかもしれません。

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<文/岡崎 凌>
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ガウス 整数論 (数学史叢書) カール・フリードリヒ ガウス (著), Carolo Friderico Gauss (原著), 高瀬 正仁 (翻訳) 朝倉書店

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