日本における統計学の歴史:第7回-学知とコミュニティ、日本統計学会(1931〜)と教育・検定
公開日
2025年12月1日
更新日
2025年11月21日
この記事の主な内容
はじめに:統計が“公共財”になった瞬間
前回(第6回)では、戦後の労働力調査を中心に、「測り続ける仕組み」 がどのように制度として根づいたかを見てきました。それは、統計が“継続的に運用される技術“として成熟していく過程でした。
一方で、制度が整うだけでは統計は社会に広まりません。必要なのは、それを扱う人とコミュニティ です。統計を学ぶ場、教える仕組み、リテラシーを社会全体に広げる基盤ーーその役割を担ったのが 日本統計学会 と、後に整備される 統計教育・統計検定 でした。
今回は、学問コミュニティがどのようにして統計の土台を築き、現代につながるリテラシー向上の流れを作っていったのかを紐解きます。
1. 日本統計学会の誕生(1931〜):学問が基盤を持った日
1931年、日本統計学会が創設されました。当時の日本は近代統計制度が整備されつつあったものの、“統計学”という学問分野の体系化はまだ途上でした。学会の誕生は、統計が単なる行政技術ではなく、確率論・推測・標本理論などを含む 独立した学問領域として確立 されていく重要な契機となりました。
学会は次のような役割を担うようになります:
・統計学の研究推進と学術交流の場の形成
・若手研究者育成と教育カリキュラムの指標づくり
・国内外の学術コミュニティとの連携強化
研究発表会や学会誌の発行は“知識の標準化”を後押しし、実務家にもアクセス可能な知のプラットフォームを形成しました。
2. 統計リテラシーを社会に広げる:教育制度の整備
戦後、日本の大学・専門機関では統計教育が急速に発展しました。理由は明確で、産業・行政・科学研究のどれを取っても、統計の専門知識が不可欠になったからです。
教育の整備は次の3つの流れから進みました:
(1)大学での統計カリキュラムの標準化
統計学が数学系・経済系・社会科学系の学部横断で扱われるようになり、分析・推測・データ処理の基礎が共通言語として浸透。
(2)専門教育機関・大学院での高度化
時系列分析・ベイズ推定・多変量解析など、より高度な統計手法が体系的に学べる環境が整備。
(3)教科教育(高校・大学入試)への反映
近年の学習指導要領改訂でデータ活用が明確に位置づけられ、“統計は誰もが使うスキル”として認知されるようになりました。
3. 2011年:統計検定の開始—リテラシーを“測る”仕組み
日本統計学会は2011年、ついに公式認定の 「統計検定」 をスタートします。目的は明快で、統計リテラシーの最低ラインを社会に示し、専門性を正しく“評価できる状態”にすることでした。
統計検定の意義は大きく、次の3点に集約できます:
・統計スキルの可視化(スキルを証明する指標)
・社内教育や研修の基準化(企業で使える指標)
・実務と教育の接続(大学〜民間の共通言語)
級ごとのレベル設定が明確なため、採用・教育・配置に活用でき、企業の“データ人材育成フレーム”としても機能するようになりました。
4. ビジネス視点から見た示唆:共有言語が組織を強くする
歴史を振り返ると、統計学会・教育・検定の整備がもたらした最大の価値は 「共有言語の形成」 にあります。
企業でも同じで、統計リテラシーは次のような理由で競争力を決定づけます:
・意思決定の質をそろえる(数字の読み方の統一)
・議論の生産性向上(無駄な議論の削減)
・データ活用プロジェクトの成功確率を上げる(過度な属人化の回避)
統計学会が学問としての基盤を作ったことで、“統計は専門家だけのもの”という時代は終わり、誰もが使えるスキルへと拡張されました。
5. まとめ:統計は社会全体のインフラへ
日本統計学会の創設から90年以上。統計は行政の数字づくりを超え、教育・産業・研究・ビジネスのあらゆる現場で活用されるようになりました。統計検定の登場はその象徴で、“統計の公共財化”が加速した証と言えます。
次回は、統計が現場でどう実装され、改善活動を牽引していくのか—第8回「デミング博士とQCサークル」を掘り下げます。
統計は、社会のOSである。そう実感できる時代が本格的に始まっています。





