日本における統計学の歴史:第6回-戦後統計の再編と“社会を写す鏡”としての統計
公開日
2025年11月29日
更新日
2025年11月20日
この記事の主な内容
はじめに:戦後の“統計リセット”が日本を変えた
第5回では、常設統計の誕生と時系列データの概念が確立したことで、日本が「変化を連続して捉える社会」へと進んだ過程を解説しました。
しかし、1945年──終戦を迎えた日本は、これまで築いてきた統計制度を大きく見直さざるを得ない状況に陥ります。敗戦による国家の混乱、インフラの破壊、行政機能の停滞。統計制度も例外ではなく、戦中の混乱によって品質・量ともに著しく低下していました。
ここから日本は、占領下で 統計制度を“再編・再構築” する大改革に踏み切ります。本格的な基礎統計の再整備、調査方法の近代化、国際基準の再導入、そして総理府統計局の誕生。戦後の統計制度改革は、日本の復興と高度経済成長を支える“静かな基盤づくり”でした。
本稿(第6回)では、戦後日本の統計制度がどのように生まれ変わり、社会の変化をどのように記録する“鏡”として機能したのかを、ビジネス視点で読み解きます。
戦後の統計改革:GHQの指示で“統計の標準化”が進む
終戦直後の日本では、統計制度はバラバラで不十分でした。そこで GHQ(連合国軍総司令部)は、日本政府に対し、次のような改革を指示します。
・調査項目・定義・様式の統一
・主要統計の継続的な実施
・国際基準に基づく統計分類の導入
・統計作成の透明性と信頼性の確保
これは、現代企業でいうところの 「データガバナンスの再構築」 に相当します。戦後の統計改革は、日本がグローバルに比較可能なデータを持つ国家として再生するための基礎工事でもありました。
図1:戦後統計制度の再編

総理府統計局の誕生(1947):「統計の司令塔」ができる
戦後統計改革の中心にあったのが、1947年の「総理府統計局」設置です。これは現在の総務省統計局につながる組織で、政府統計を集約し、調整し、整備する司令塔として機能しました。
主な役割は次の通りです。
・基幹統計の企画・立案
・国勢調査・家計調査・労働力調査などの統括
・省庁横断の統計調整
・統計の信頼性確保
戦後復興期、日本の行政は急速に複雑化していきます。人口、雇用、物価、産業構造など、政策判断に必要なデータ量が飛躍的に増えるなか、統計局は「情報のハブ」として機能しました。
戦後国勢調査の再始動:混乱の中でも“全数調査”を続けた日本
終戦のわずか5年後、1950年に戦後初の国勢調査が実施されました。
焼け野原となった都市、疎開・復員・引揚者が混在する人口移動の大混乱。この状況で全国民を対象にした国勢調査を実施できたのは、統計制度が持つ“社会インフラとしての強さ”の象徴です。
戦後国勢調査が果たした主な役割:
・復興計画(住宅・都市インフラ)の基礎データ
・人口の急増地・流出地の把握
・労働力不足の地域特定
・過密・過疎問題の初期分析
つまり国勢調査は、戦後の混乱を“データで可視化する装置”として機能したのです。
社会統計の発展:人口・雇用・家計・物価を継続して追う
「統計は社会を写す鏡」と言われるように、戦後の日本では社会変動をとらえる多様な統計が整備されました。代表的なものをいくつか紹介します。
●① 労働力調査(1947〜)
失業率・労働参加率など、雇用状況を継続して測定する仕組みです。高度経済成長期の労働需給を捉える鍵となりました。
●② 消費者物価指数(CPI)(1946〜)
生活に必要なモノの価格を追跡する統計で、実質賃金や購買力の分析に欠かせません。インフレ・デフレを判断するための基礎指標でもあります。
●③ 家計調査(戦後継続)
世帯収支の変化を時系列で把握するための調査です。テレビ・自動車・冷蔵庫など耐久消費財の普及や、外食・レジャーへの支出増加など、生活スタイルの変化が読み取れます。
●④ 人口動態統計(戦後継続)
出生・死亡・婚姻・離婚などに関する統計で、第一次・第二次ベビーブームをはじめとした人口構造の変化を可視化します。
●⑤ 産業統計・商業統計(再整備)
高度経済成長期の産業構造の変化を捉える基礎データです。工業化・サービス化・第三次産業の拡大など、日本経済の姿を立体的に描き出しました。
図2:戦後日本の社会変動と統計の対応関係

戦後社会の変化:統計から見える日本の姿
戦後〜高度経済成長期の統計からは、日本社会の構造変化がはっきりと読み取れます。
・東京・大阪など都市部への急速な人口集中(都市化)
・家族形態の変化(核家族化)
・第一次・第二次ベビーブーム
・女性の労働参加の拡大
・外食・レジャー支出の増加など家計構造の変化
・少子高齢化の兆し
これらはすべて、統計が“連続的に社会を記録した”からこそ見えてくる景色です。
ビジネスパーソンへの示唆:環境の変化を“データで捉える”力
戦後統計の発展は、現代企業にとっても極めて重要な示唆を与えてくれます。
●① 外部環境の変化を定点観測する
CPIや労働力調査のように、外部データを継続して追うことで、市場機会とリスクが見えてきます。自社データだけでなく、マクロ統計を組み合わせることで、戦略判断の精度が高まります。
●② 社会変動をビジネス戦略に反映させる
人口動態や家計の変化は、需要構造の変化そのものです。少子高齢化・共働き世帯の増加・都市集中などの統計から、ビジネスチャンスやリスクが浮かび上がります。
●③ データは“鏡”であり“予兆”を示すツールである
統計は社会の姿を写すだけでなく、未来への予兆も示します。トレンドの変化点や構造変化を早期に捉えることで、次の一手を先回りして打つことができます。
次回予告:統計は“未来を描く道具”へ
第7回では、バブル崩壊から IT 化へ進む 1990 年代以降の統計制度を取り上げます。電子化・ミクロデータ公開・センサス改善など、統計が“未来を描く道具”へと進化していくプロセスをひも解きます。
デジタル化の波の中で、統計がどう変わり、どんな新しい可能性を生み出したのか。続きをお楽しみに。





