日本における統計学の歴史:第5回-常設統計の誕生と時系列データの時代
公開日
2025年11月28日
更新日
2025年11月20日
この記事の主な内容
はじめに:統計が“日常の運営”を支え始めた時代へ
前回は、江戸時代の人口台帳「宗門人別改帳」を取り上げ、人口情報の管理や「名寄せ」など、データ運用の原型がすでに成立していたことを見ました。
そして明治へ。日本は近代国家として欧米列強に肩を並べるため、制度として統計を体系化する改革を進めました。第4回で扱った「統計院」「内閣統計局」の整備と国勢調査(1920年)は、その中心的な成果でした。
今回の第5回では、ここからさらに進み、“常設統計”の誕生と時系列データの概念が確立されていく時代を扱います。これは現代ビジネスにも直結するテーマです。
常設統計とは何か?:同じ指標を“続けて測る”仕組み
常設統計とは、年次・月次などの一定の頻度で、同じ方法でデータを取り続ける統計です。明治後期から昭和初期にかけて整備され、日本のデータ基盤が大きく進化しました。
特徴としては、
・測定方法を統一し、毎回同じ基準で計測する
・長期比較(時系列分析)が可能になる
・政策や施策の効果検証ができる
・社会の変化を“連続して”捉えられる
これは現代企業が KPI を継続して追うのと同じ考え方です。
図1:常設統計の体系

日本で整備された主要な常設統計
●① 統計年鑑(1882〜)
政府統計を体系的にまとめた“日本のデータ総覧”。省庁横断の情報が一冊にまとまり、比較可能性が向上。
ビジネスでいえば、全社データを1つのダッシュボードに統合したようなものです。
●② 家計調査(1910〜)
世帯の収入・支出・消費行動を追跡する調査。マーケティングや消費者研究の基盤となるデータの源流。
企業でいえば、長期の顧客行動ログです。
●③ 人口動態統計(1899〜)
出生・死亡・婚姻・離婚などの動態を継続的に記録。社会の構造変化を把握する基盤データ。
現代で言えば、ユーザーのステータス変化データのようなものです。
●④ 商工統計・工業統計(1900年代〜)
企業数・従業員数・業種構造など、日本の経済活動を定点観測する統計。
ビジネスでは、市場成長率や競合状況を掴む基礎データに相当します。
時系列データとは何か?:変化を捉える“連続的な視点”
常設統計の最大の価値は、時系列で変化を捉える力です。
・長期トレンドの把握(景気の山と谷)
・季節性・周期性の分析
・異常値(ショック)の検知
・施策効果の測定
これは「売上推移」「顧客数推移」「広告効果のモニタリング」など、企業の KPI 管理と同じ仕組みです。
図2:時系列データの価値

“時系列データの強さ”が日本に与えた影響
常設統計の整備は、日本に次のような力をもたらしました。
・景気変動を早期に察知する能力
・政策効果を検証する仕組み
・市場の成長性を読み解く基盤
・家計や消費行動の変化を追跡する力
データが「点」から「線」になり、国家の意思決定の精度は格段に向上しました。
ビジネスパーソンへの示唆:時系列データを“資産”として扱う
●① KPIは“継続して測ることで意味を持つ”
単発データは偶然に左右されます。時系列で追うことで初めて本質的な傾向が見えます。
●② 属性データだけでなく“変化データ”を見る
状態変化・頻度・離脱の兆しなど、変化こそ価値ある情報です。
●③ データの継続性は最強の競争力になる
長期間積み上げたデータは模倣されにくく、企業の参入障壁になるほど強力な資産になります。
次回予告:統計は“社会を写す鏡”へ
次回の第6回では、戦後日本の統計制度がどのように再編され、社会の変化をどのように記録してきたのかを解説します。
高度経済成長、都市化、少子化、ライフスタイルの変化──。
統計は“社会を写す鏡”として何を描き、私たちはそこから何を読み取れるのか。続きをお楽しみに。





