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統計でたどる人類と経済の発展史 第3回:国家を数え、商業を記す—近世のデータ化

公開日

2025年9月6日

更新日

2025年9月22日

第2回では、古代〜中世に芽生えた台帳・租税・宗教記録が行政や商業の基盤を形づくったことを確認しました。17〜18世紀は、それらの記録を国家レベルの統計へ統合し、複式簿記が商業と財政の意思決定を支える時代へと移行します。今回は、1660年代カナダ、1749年スウェーデン、1790年アメリカの「数える仕組み」と、東インド会社に代表される帳簿文化の定着を、実際の数値とともにたどります。

1. 近世は「集める」から「制度化して継続する」へ

各地に点在していた台帳・名簿は、統治や徴税、代表制の根拠となる“制度化されたデータ”へと進化しました。具体的には、記録単位(世帯・教区・郡)の標準化、更新サイクル(年次や10年ごと)の明確化、記録項目(人数・年齢・性別・身分・職能)の共通化、そして中央機関での一元集計が進みます。これにより、徴税・兵役・救貧・議席配分などの行政プロセスが共通の数字で接続され、地域間の比較や時系列の監視が可能になりました。商業と財政の現場でも、定期統計と帳簿が連動し、在庫・価格・輸送の意思決定が定量化します。こうした“更新し続ける仕組み”が整ったことで、政策づくりや商取引の精度が一段と高まったと考えられます。


2. 事例① ヌーベルフランス(現カナダ):1666年国勢調査の実数

1666年、フランス王国の行政官ジャン・タロンによる調査は、のちの北米における近代的国勢調査の嚆矢とされます。主なポイントです。

  • 総人口:3,215人(欧州系住民)
  • 男女構成:男性2,034人、女性1,181人(おおむね1.7:1
  • 主な居住地:ケベック約2,100、モントリオール635、トロワ=リヴィエール455
  • 備考:宗教団体や先住民は原則として対象外でした。
  • 職業例:商人18、粉ひき9、桶職8、外科医5 などが記録されています。

これらは、統治(人口構成の偏り是正、移民・定住策)と経済(職能の把握)に直結する情報です。男女比の偏りは農村・辺境の労働力と家族形成に影響を与え、出生促進策(移民支援等)の根拠になったと考えられます。


3. 事例② スウェーデン:1749年「タベルヴェルケット」と世界最古級の連続人口統計

1749年、スウェーデンはタベルヴェルケット(Tabellverket)という仕組みを整え、全国の教区(パリッシュ)からの定期的な報告を集計しました。連続した国民人口統計として世界最古級であり、現在まで長期列として公開されています。

  • 1749年の人口1,764,724人
  • 1749年の出生・死亡:出生59,483、死亡49,516
  • 制度面:教会の信徒台帳・洗礼・埋葬などの既存記録を統計に転用し、所管機関(後の統計庁)で集計・刊行しました。

宗教記録という“あるもの”を国家統計に再利用した点は、低コストで網羅性の高い統計基盤を実現する好例だと思います。


4. 事例③ アメリカ合衆国:1790年、憲法に基づく10年ごとの国勢調査

合衆国憲法は10年ごとの国勢調査を定め、1790年に初回が実施されました。下院議席配分や税割当の根拠として制度化されています。

  • 総人口3,929,214人("Indians not taxed" は原則除外)
  • 分類の例:自由白人男性(16歳以上/未満)、自由白人女性、その他の自由人、奴隷
  • 補足:州別・郡別の計数表が刊行され、代表制の配分議論の土台となりました。

人口統計が直接、政治制度を動かす仕組みは、国勢調査の価値を端的に示すものだと考えられます。


5. 帳簿文化の定着:東インド会社と複式簿記

近世の商業拡大を支えたのが複式簿記です。東インド会社(イギリス/オランダなど)では、仕訳帳(Journal)→元帳(Ledger)への転記を中核とする帳簿体系が整備され、定期的な財産・損益把握が行われました。

  • 実務面の特徴:取引を二面(資産・負債/費用・収益)で記録し、期末に残高を締めて業績と財産を可視化。
  • 史料:ロンドン本社の日記帳(ジャーナル)・総勘定元帳は18世紀を通じて整然と保存されており、二重仕訳に基づく運用が確認できます。
  • 示唆:航路・在庫・配当などの意思決定に、定期帳簿が「共通の数字」を提供し、株主と経営の対話を可能にしたと考えられます。

6. まとめ

第1回で見た「記録の萌芽」、第2回で確認した台帳・租税・宗教記録の整備を踏まえると、1666年カナダ、1749年スウェーデン、1790年米国の事例は、「集める」→「制度として継続」への転換を具体的な数値で示す到達点とも言えます。

既存の台帳や宗教記録の転用は、低コストで高品質な統計基盤を築く実務的な方法だと考えられ、いかにして数字やデータを活用したらよいかという叡智が垣間見れます。

また、企業側では複式簿記がデータの一貫性を担保し、投資・配当・在庫などの意思決定を加速させました。ここには、人類がいかに発展しようと考えた結果、数字やデータを活用することを必要な手段として受け入れ始めた姿が映し出されていると思います。つまり、統治や商業における課題を「勘や慣習」ではなく「数」によって解決しようとしたのがこの時代の本質だと考えられます。こうして整えられた人口統計と会計の枠組みは、次回第4回の政治算術と統計学の誕生、第5回の可視化と産業革命、第7〜8回の国民所得計測やSNAの整備へとつながっていきます。

<文/綱島佑介>

参考文献・出典

  • Statistics Canada:「Censuses of Canada 1665–1871: Jean Talon」(1666年調査の主要数値)。公表情報を要約。
  • Library and Archives Canada:「Census of Canada, 1666」(原資料所在の確認)。
  • Statistics Sweden (SCB):「Population and Population Changes 1749–2024」/「History of Statistics Sweden: Tabellverket」(1749年人口・出生・死亡、制度沿革)。公表統計の要約。
  • U.S. Census Bureau:「Decennial Census by Decade: 1790」/「1790 Census」(総人口と分類の公式値)。公表情報の要約。
  • The National Archives (UK) / British Library:「East India Company and India Office Ledgers and Journals」(帳簿資料の所在確認)。
  • 研究論文(例:Swedenの人口統計制度史に関する研究)— 背景理解の参考。本文の数値は公的統計に依拠。

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