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統計でたどる人類と経済の発展史 第4回:政治算術と統計学の誕生

公開日

2025年9月7日

更新日

2025年9月22日

はじめに

これまでの回では、人類がどうやって数字を残しはじめたのか、税や宗教の記録がどのように整理され、やがて国勢調査や帳簿制度が制度として広まっていったのかを見てきました。今回のテーマは、いよいよ「数字をただ集めるだけでなく、そこから社会の姿を読み取り、未来を考える」という新しい一歩です。

17世紀のイギリスには、数字を使って人口や経済を説明しようとした二人の人物が登場しました。ジョン・グラントとウィリアム・ペティです。さらに18世紀には「統計学」という言葉が生まれ、数字で国や社会を理解する考え方が大きく広がっていきました。

1. ジョン・グラントとロンドンの死亡表

どんなことをしたのか?

ジョン・グラントは、ロンドンで毎週発行されていた 死亡表(Bills of Mortality) に注目しました。この死亡表には「生まれた人の数」「亡くなった人の数」「どんな病気で亡くなったか」といった情報が記録されています。当時の人々にとっては単なる数字の羅列に見えましたが、グラントはそれをまとめて比べることで「都市の人口はどのくらいか」「病気の流行にはどんな傾向があるのか」といった社会の姿を明らかにしようとしました。

主な気づき

  • 男女の出生比率:男の子が女の子より少し多く生まれることに気づきました。ただし成長の過程で男の子の死亡率が高いため、大人になると男女の数はほぼ同じになると考えました。
  • 寿命のイメージ:100人の子どもを仮定し、6歳までに3割以上が亡くなり、16歳までに半分以下しか残らないと推定しました。これは現在の「平均寿命」や「生命表」の原型につながっています。
  • 都市人口の推計:洗礼や埋葬の記録を使い、当時のロンドンの人口をおよそ38万人と計算しました。これは当時としては非常に画期的な「人口の見える化」でした。

なぜ大事なのか?

グラントの画期的な点は、不完全で限られたデータしかなくても「比率」や「推計」を工夫すれば社会全体の姿をつかめると示したことです。彼の研究は人口学や公衆衛生学の出発点とされ、数字を使って社会の問題を理解する大きな一歩となりました。


2. ウィリアム・ペティと「政治算術」

どんな考え方?

ウィリアム・ペティは「政治算術(Political Arithmetick)」という考えを提唱しました。これは「国の大事なことを数字で説明する」という考え方で、人口や税収、国の富を数値で示すことで、国の力を正しく理解しようとしたものです。

主な取り組み

  • 国全体のお金の大きさ:イングランドの国民所得を約4,000万ポンドと推定しました。人口を約600万人とすると、一人あたりおよそ6ポンド強になります。これは現代の「GDP(国内総生産)」の原点と考えられます。
  • 国同士の比較:イギリスとオランダ、フランスの都市の大きさや軍艦の数を比較し、「どの国がどのくらい強いのか」を数値で表しました。
  • 政策への応用:税の仕組みやお金の流れを数字で考え、どのような政策が効果的かを提案しました。数字に基づいて政治を考える手法を広めたのです。

意味合い

ペティの政治算術は、国の力を数字で測ろうとした初めての試みでした。この発想はその後の経済統計や国際比較につながり、「数で国を理解する」という考え方を広めていきました。


3. 「統計学」という言葉の誕生

18世紀になると「Statistics(統計学)」という言葉が登場します。ドイツの学者ゴットフリート・アッヒェンヴァルが1749年ごろに「Statistik」という言葉を使い、国家の状態を数字で説明する学問として体系化しました。これは「国の人口や税収、産業の状態を整理して記録し、比べることで国を理解する」ことを目的にしていました。

その後、スコットランドのジョン・シンクレアが1790年代に『Statistical Account of Scotland』を出版します。彼は全国の教区に質問票を配布し、人口、農業、産業、教育、風習など多方面にわたる情報を集めてまとめ、公表しました。これは現代でいう国勢調査や社会調査の原型であり、数字や事実をもとに地域社会の姿を描き出す大規模な取り組みでした。

こうした取り組みによって「統計学」は単なる国の記録ではなく、社会全体を理解するための学問へと発展し、19世紀以降の近代国家に欠かせない存在となっていきました。

4. まとめ

  • ジョン・グラントは死亡表を活用し、寿命や人口を数字で示しました。
  • ウィリアム・ペティは「政治算術」を通じて、国の力を数値で比べる発想を広めました。
  • 18世紀には「統計学」という言葉が誕生し、社会を数字で理解する学問が形を整えました。

こうした流れによって、人々は「勘や経験」から「数字にもとづく判断」へと進みました。この潮流は、次回第5回で紹介する「グラフによる可視化」や「産業革命期の統計組織」へとつながっていきます。

<文/綱島佑介>

参考・出典

  • John Graunt, Natural and Political Observations upon the Bills of Mortality(1662) — 公開されている歴史的資料。
  • William Petty, Political Arithmetick(草稿1670年代/刊行1690) — パブリックドメインの著作。
  • Statistics Sweden (SCB) — 統計学史に関する公的解説。
  • U.S. Census Bureau — 統計学発展に関連する参考資料。
  • Sinclair, J. Statistical Account of Scotland(1791–99) — 公開されている歴史的資料。

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