マスログ

日本における統計学の歴史:第4回-明治政府の統計制度と近代国勢調査の始まり

公開日

2025年11月27日

更新日

2025年11月20日

はじめに:明治国家は“統計”で近代化を進めた

前回は、江戸時代の人口台帳「宗門人別改帳」を取り上げ、人口情報の管理や「名寄せ」の概念など、データ運用の原型がすでに成立していたことを見ました。江戸の社会は、データを整える文化を持っていたにもかかわらず、それが全国レベルで統一されていたわけではありませんでした。

舞台は明治へ。日本は近代国家として欧米列強に肩を並べるため、制度として統計を整備するという大改革に踏み切ります。ここで登場するのが、「政表課」「統計院」「内閣統計局」へ続く組織の整備と、国際基準を踏まえた統計制度です。

第4回となる今回は、明治政府がどのようにして統計制度を確立し、日本初の近代的国勢調査に至ったのかを、ビジネスパーソンにも役立つ視点で解説します。



明治政府はなぜ“統計制度”を急いで作ったのか?

明治維新を迎えた日本には、近代国家に欠かせない“全国統一の統計制度”が存在しませんでした。江戸期の台帳文化は地域ごとに優れていたものの、国全体を把握するスキームがなかったのです。

明治政府が統計制度整備を急いだ理由は3つあります。

① 国力を正確に把握する必要があった(人口・財政・産業)
② 条約改正交渉で信頼される国家情報が必要だった
③ 欧米の統計制度がすでに国家経営の基盤になっていた

つまり、統計を整えることは“文明国家としての必須要件”でした。


図1:明治期の統計組織の変遷(イメージ)


統計制度の始まり:太政官政表課(1871)

統計制度の出発点は 1871年(明治4年)太政官政表課の設置 です。ここでは、国の基本情報(人口・産業・財政など)を統一様式で集計する役割が担われました。

政表課の業務は次の通りです。

● 全国の府県から報告を集める
● 統計を「政表」として編纂する
● 各地で項目がバラバラなデータを揃える

現代のビジネスで言えば、企業内の“データ標準化チーム”のような存在です。


統計院の誕生(1881):国として統計を専門機関にまとめる

政表課はその後、統計の重要性と分量が増したため、1881年に「統計院」へ昇格します。統計院は、国内統計の作成だけでなく国際比較に耐えうる統計制度の確立を目指しました。

統計院の主な役割は次の通りです。

● 産業統計・人口統計などの体系的整備
● 欧米式の統計分類法の採用
● 統計の信頼性・統一性を高める

組織が“課”から“院”に格上げされたことは、日本が統計を国家の戦略的資源として扱い始めた証拠でした。


内閣統計局の設置(1885):政府統計の中枢へ

1885年には、統計院は 内閣統計局 として再編されます。ここで統計は、単なる行政事務ではなく政策決定のインフラとして位置づけられました。

内閣統計局は次のような“統計ガバナンス”の中心的役割を担います。

● 国勢調査など基幹統計の作成
● 省庁横断の統計調整
● 全国統計の標準化の推進

ビジネスに置き換えれば、「全社データを統括する CDO(Chief Data Officer)組織」のような存在です。


日本初の近代的国勢調査:1920年にスタート

そしていよいよ、日本の統計史における大きなマイルストーンが訪れます。
1920年(大正9年)第1回国勢調査の実施です。

この調査は、日本が初めて「国際標準に基づき全国の人口を調査した」画期的な出来事でした。その特徴は次の通りです。

全数調査(サンプルではなく全国民を対象)
国際比較を意識した調査項目
調査員を大量動員した大規模な実査

特に、「全数である」という点は重要です。部分的なサンプル調査ではなく、“国全体の姿をそのまま捉えるデータ”を作ったことが、日本の統計を近代国家の水準に引き上げました。


図2:近代国勢調査の仕組み(イメージ)


国勢調査がもたらした“意思決定の質”の向上

1920年の国勢調査は、それまでの推計中心の人口把握から脱却し、実測に基づく正確な人口統計へと大きく舵を切りました。

これにより政府は:

● 都市計画や公共投資の精度を高められた
● 労働力人口の実態を把握できた
● 国際社会に向けて信頼性の高い人口データを共有できた

言い換えれば、正確なデータが国家の“意思決定の質”を底上げしたのです。これは現代ビジネスにおける「正確なKPI」「整備されたデータ基盤」が意思決定を強化する構造とまったく同じです。


ビジネスパーソンへの示唆:制度としてデータを運用するということ

明治政府の統計制度改革から学べるポイントは次の3つです。

① 組織として“データ機能”を設けることの重要性

政表課 → 統計院 → 統計局の流れは、日本がデータに組織的投資を始めた証拠です。企業でもデータを扱うなら、専任部門や責任者が必要です。データが「誰の仕事なのか」が曖昧な組織では、統計もKPIも機能しません。

② 国際基準を取り入れる=競争力の源泉

統計分類法や国勢調査項目を国際基準に合わせたことで、日本は国際比較に耐えるデータを保有できました。企業でも外部基準・ベストプラクティスを取り入れることで、指標の妥当性や説明力が高まります。

③ 全数データの力は圧倒的

サンプル調査では見えない“国全体の構造”を捉えられる点は、ビッグデータ時代の分析にも通じます。全数に近いデータや高頻度のデータを持つ企業は、顧客理解・市場理解において大きな優位性を持ちます。



次回予告:統計が「日常の経営」を変え始める

1920年の国勢調査によって、日本の統計はようやく“国際基準の入口”に立つことができました。しかし、統計制度の進化はここで終わりではありません。むしろ、ここからが本番です。

次回の第5回では、

● 統計年鑑・家計調査・人口動態統計の創設
● 省庁ごとの統計体系の整備
● 統計の「連続性」と「時系列」が生む新たな価値

といった 明治後期〜大正・昭和初期に整備された“常設統計の時代” に焦点を当てます。

特に、現在のマーケティングや経営分析にも直結する「時系列データの設計思想」がどのように確立されたのかを深掘りしていきます。

次回も引き続き、日本の統計がどのように形づくられ、現代のビジネスにどんなヒントをくれるのかを探っていきましょう。

新着記事

同じカテゴリーの新着記事

同じカテゴリーの人気記事

CONTACTお問い合わせ

個別講義や集団講義、また法人・団体向けの研修を行うスペース紹介です。遠人に在住の方や自宅で講義を受けたい方はオンライン講座をご用意しております。よくある質問はこちら