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統計でたどる人類と経済の発展史 第1回:古代におけるデータ記録と経済利用

公開日

2025年9月4日

更新日

2025年9月19日

はじめに:大人の学びと統計のつながり

近年「データサイエンス」や「機械学習」「生成AI」といった言葉が注目されています。しかし、社会人の方々にとっては「難しそう」「数学が苦手だから」と感じ、リスキリング(学び直し)のハードルが高いと考えられているのも事実です。そのため、せっかく必要性を感じていても学びが広がらない現状があります。

しかし、冷静に振り返ってみると、私たち人類は古代から「数字やデータ」を扱い、それを分析することで社会や経済を発展させてきました。統計やデータ活用は現代に始まったものではなく、数千年前から人類の営みを支えてきた基盤なのです。そこで今回は「古代から現代に至るまで、統計やデータ分析が人類の発展にどう関わってきたか」をたどっていきたいと思います。今回はその第1回として、古代文明におけるデータ記録と経済利用を見ていきます。

古代メソポタミアのデータ記録

メソポタミア文明では、紀元前3000年頃から楔形文字による記録が行われていました。これは単なる文字の発明ではなく、穀物や家畜の数量を把握し、経済活動を管理するための仕組みでした。例えば、バビロニアでは紀元前3800年頃に最古の人口調査が行われ、人や家畜、バターや蜂蜜といった物資の数量が定期的に集計されていたと伝えられています。

こうした記録は「税をどのくらい徴収するか」「どの地域にどれだけの食料が必要か」といった国家運営に欠かせない役割を果たしていました。つまり、統計は最初から「経済の安定を支える道具」だったと言えます。


古代エジプトと中国の人口調査

古代エジプトでもナイル川流域の農業を基盤に、人口や農地の調査が行われていました。ピラミッド建設や大規模な灌漑事業には膨大な労働力が必要であったため、王権は調査を通じて「どの地域から何人の労働者を徴発できるか」「どれだけの食糧備蓄が可能か」を把握し、国家事業の計画に役立てていました。紀元前2500年頃のパピルス文書には、作物収穫量や税の記録が残されており、経済活動と統計的把握が密接に結びついていたことが分かります。

一方、中国でも人口調査と租税台帳が国家運営に活用されていました。特に漢代の紀元2年には、約5,960万人という当時世界最大規模の人口が記録されています。これは単なる数の報告ではなく、郡県ごとに農地面積や納税額、成年男子の兵役可能人数まで把握した精緻な調査であり、国家運営の基礎となりました。現代の国勢調査に匹敵するほどの大規模な取り組みであり、古代国家における統計の重要性を強く示しています。


古代ローマの「センサス」

古代ローマでは、5年ごとに市民と資産を調査する「センサス(census)」が制度化されていました。共和政期には監察官(ケンソル)がこれを担当し、各回の終了時には国家の浄めの儀礼「ルーストルム」が行われ、この5年周期そのものを指す語にもなりました。

センサスでは、成人男性市民の氏名・家族構成・財産規模が登録され、財産に応じて兵役の装備負担や投票区分(百人隊会の階級)が決まりました。これにより徴兵・徴税・公共事業の入札管理が効率化され、国家運営の基盤になっていたと考えられます。

また、アウグストゥス帝の『業績録(Res Gestae Divi Augusti)』によれば、前28年の市民数は4,063,000人、前8年は4,230,000人、西暦14年は4,937,000人と記されています。これはセンサスが帝政期にも継続され、国家規模の把握に使われていたことを示しています。

現代で使われている「国勢調査(census)」という語そのものがローマの制度に由来し、統計の起源が統治・軍事・財務の実務に直結していたことが分かります。

まとめと考察

古代メソポタミア、エジプト、中国、ローマの事例を振り返ると、人類は数千年前から「数える」「記録する」「比べる」という営みを、税・兵役・食糧配分といった実務に直結させてきました。メソポタミアでは粘土板に大麦やエンマー小麦の配分・在庫が刻まれ、エジプトでは収穫量や人頭税がパピルスに記録されました。中国・漢代では紀元2年に約5,960万人という大規模な人口集計が行われ、郡県ごとの納税・兵役可能人口まで把握されました。ローマでは5年ごとのセンサスにより市民登録と財産評価が行われ、アウグストゥス期の市民数は約406万→423万→494万人へと推移したことが確認できます。

これらの取り組みは、①測る(計量)→②集める(集計)→③整える(標準化)→④使う(意思決定)という、現代のデータ活用と同じ基本循環を既に備えていたと考えられます。換言すれば、台帳はデータベースの原型であり、徴税や配給の最適化はオペレーション指標(KPI)管理の原型だったと言えます。

したがって、統計やデータ分析は専門家だけの特別な技能ではなく、生活をより良くするための普遍的な道具です。出発点は難解な数学ではなく、「正しく数える・記録する・比較する」ことにあります。現代の私たちも、表計算や簡単な可視化から始め、必要に応じて推定や機械学習へ段階的に進めば良いと思います。古代の知恵を足場に、データを味方につけて社会やビジネスを発展させていけると考えられます。


参考文献・出典

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