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日本における統計学の歴史:第10回-EBPM、RESAS、Society 5.0-統計は意思決定の“OS”へ

公開日

2025年12月4日

更新日

2025年11月21日

はじめに:統計は「読む」から「活かす」時代へ


これまで9回にわたる連載では、日本の統計の歩みを「古代の戸籍作成」から「デジタル統計インフラ」までたどってきました。庚午年籍に始まる“把握の技術”、太閤検地の“標準化と可視化”、宗門人別改帳の“更新と継続性”、明治以降の制度構築、戦後の標本理論の導入、学会と教育による“知の共有”、そして品質管理運動による“現場での統計活用”——日本は段階的に、統計という社会の基盤を整えてきました。

そしてデジタル化によって統計が誰でもアクセスできる環境となり、いよいよ“使う時代”が本格化しています。

この流れを象徴するのが、政府が推進する EBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)、地域データ連携基盤である RESAS、そしてテクノロジー×データで社会を再設計する Society 5.0 のコンセプトです。

しかし、ここには期待と課題が共存します。日本はデータ整備の歴史こそ長いものの、統計を意思決定の中心に据えるプロセスや人材育成の面では、まだ発展途上といえる部分もあります。本稿では、その現状と未来の可能性を紐解きます。


1. EBPM:政策立案を“勘”から“根拠”へ

EBPMは、政策を“経験や慣習”ではなく、データ・統計・実証研究に基づいて設計しようという考え方です。内閣府を中心に取り組みが進められ、次の要素が重視されています:

政策効果の測定(何がどれだけ改善したのか)

根拠に基づく代替案の比較(どの施策が最も合理的か)

データと実証研究の連携(統計×経済学×行政)

国や自治体の意思決定にデータ活用を組み込むことで、政策の透明性と説明責任が向上します。これは民間企業におけるKPI管理やABテストの発想と近く、データを用いて“改善のサイクル”を回す取り組みです。


2. RESAS:地域の未来を可視化するデータ基盤

2015年に開始された RESAS(地域経済分析システム) は、地域経済や人口動態を可視化できる政府のデータプラットフォームです。自治体が抱える課題(人口流出、産業構造の変化、観光動向など)を客観的に把握し、政策の根拠として活用されます。

RESASの特徴は以下の通りです:

地図×時系列で地域の動きを可視化

自治体ごとの強み・弱みをデータから把握

産業構造、人口、商流など多角的な指標を統合

特に地方創生の文脈では、「なんとなく」ではなく「データに基づいて」地域を理解するという文化形成に大きく寄与しました。


3. Society 5.0:データとAIが社会を再設計する

Society 5.0は、日本が提唱する未来社会のコンセプトで、「サイバー空間(デジタル)」と「フィジカル空間(現実)」を高度に融合させることで、社会課題を解決し持続可能な成長を実現する考え方です。

その根底には、膨大なデータを統合し、AI・ロボティクス・IoTなどの技術と組み合わせることで、社会の“OS”を進化させるというビジョンがあります。

代表的な領域は以下の通りです:

医療・介護:データで予防と最適化を実現

モビリティ:自動運転・物流最適化

地域づくり:スマートシティ化、行政のデジタル化

統計データはその中心にあり、“判断の土台”としての役割がさらに強まっています。


4. 日本の課題:データ活用は進んだが、“統計のOS化”は道半ば

未来に向けた取り組みが進む一方で、日本には依然として克服すべき課題があります。世界的に見ても「データ整備は得意、活用は遅れがち」という評価が少なくありません。

主な課題は次の通りです:

(1)データ人材の層が薄い

データサイエンスが専門化しすぎており、行政・企業の現場レベルで統計を扱える人材は依然として不足しています。

統計リテラシー教育の不足

現場で使える形での研修が足りない

(2)組織文化が“勘と経験”から完全には脱却できていない

意思決定の透明性・根拠を求める文化は広がりつつあるものの、

前例踏襲

責任回避型の意思決定

といった根深い慣習がデータ活用のブレーキになっています。

(3)省庁・自治体・企業間のデータ連携が弱い

統計法でデータ提供は進んだものの、組織横断の連携はまだ限定的で、

標準化の不足

システム相互運用性の課題

データ共有への心理的・制度的ハードル

が残っています。

(4)行政データのリアルタイム性が低い

多くの統計は年次・月次で、政策や経営判断に必要な“即時性”が不足しています。

速報性の向上

行政データのリアルタイム化

が今後の焦点です。


5. ビジネス視点:統計を“組織のOS”にするために

課題を乗り越えるために、日本の行政・企業が進むべき方向性は明確です。

統計リテラシーを組織全体で底上げ(共通言語の形成)

EBPM的な“検証→改善”のループを当たり前にする

データ共有・標準化を推進(組織の壁を越える)

AI・DXと統計を統合し、意思決定の自動化を進める

統計はもはや“特別な分析技術”ではなく、組織運営の基盤です。日本が未来の競争力を維持するためには、統計を“読むデータ”から“使うデータ”へ完全に転換させることが鍵となります。



6. まとめ:統計は未来を描くための“OS”である

本連載を通して、古代の庚午年籍から始まり、検地、宗門人別改帳、明治の統計制度、戦後の標本調査、学会と教育、品質管理運動、デジタル統計基盤へと、その変遷をたどってきました。

統計の歴史は、“何を測るべきか”“どう使うべきか”という問いに向き合い続けた歴史です。そして未来に向けて必要なのは、統計を単なる記録や資料ではなく、社会を動かすOSとして位置づけること です。

日本は豊富な統計資産と制度を持ちながら、その活用においてはまだ伸びしろがあります。だからこそ、EBPM、RESAS、Society 5.0といった取り組みは、統計が未来の社会をどう形づくるかを示す重要な実験場でもあります。

統計は過去を写す鏡であると同時に、未来を描くコンパスでもあります。その力を最大限に引き出すことこそ、これからの日本社会・企業に求められる姿勢でしょう。

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