変革の歴史から読む、AI時代の生き残り戦略|第5回:ガソリン車からEVへ――“価値が移動する時代”のスキル論
公開日
2025年12月12日
更新日
2025年12月9日
この記事の主な内容
はじめに
馬車から自動車へと移り変わった第4回では、技術革新が“産業生態系そのもの”を変え、仕事の消失と誕生が同時に起こることを見てきました。今回扱うテーマは、その延長にある「同じカテゴリの中で価値が移動する転換」――ガソリン車からEV(電気自動車)へのシフトです。
これはただ新製品が登場したわけではなく、自動車という同一カテゴリーの中で、求められるスキル・産業構造・企業競争力の源泉が“根こそぎ入れ替わっていく現象”です。そしてこの構造は、生成AIが今まさにあらゆる職種の“価値の源泉”そのものを動かしている現象と完全に重なります。
1.ガソリン車の価値はどこにあったのか?
20世紀後半、自動車産業の強者は明確でした。エンジンを中心としたハードウェアの開発力こそが競争力の核心であり、部品精度や燃焼効率を極めることが勝敗を分けていました。
ガソリン車の価値源泉は、次のような領域です:
・エンジン設計(燃焼・熱力学・動力制御)
・トランスミッション技術
・排気システム
・ガソリンスタンドをはじめとした燃料インフラ
・整備士によるオイル交換・エンジン調整などの専門技能
つまり 「動力 × 機械の複雑性」こそが価値の中心 でした。

2.EVの登場で“価値の中心”がひっくり返った
EVは見た目こそ自動車ですが、価値構造はガソリン車と根本的に異なります。EVの価値源泉は次のように完全にシフトしました。
【EVの価値領域】
・バッテリー(容量・劣化制御・安全性)
・ソフトウェア(操作UI、運転制御、OTAアップデート)
・センサー技術(自動運転・安全装置)
・データ解析(走行データ・地図データ・行動データ)
ここで重要なのは、
ガソリン車で圧倒的だった企業が、そのままEV時代の勝者になるとは限らない
という事実です。
実際に、EVの普及によって次の変化が起きました:
・部品点数が減り、“エンジンの複雑性”が価値にならなくなった
・強かった整備士のスキルセットが大幅に変更を迫られた
・競争軸は「ハードの精度」から「ソフトウェアの完成度」へ移った
・新規参入が容易になり、スタートアップ企業が台頭
この構造はそのままAI時代に当てはまります。

3.AI時代に重なるEVシフトの“構造変化”
EV革命と生成AI革命に共通するポイントは驚くほど多くあります。特に重要なのは次の3つです。
1.価値の中心がハードからソフトへ移る
EVの競争軸がエンジン → ソフトに移ったように、AI時代は “作業の精度” → “設計・判断・統合” が価値の源泉になります。
2.強者が強者のままとは限らない
ガソリン車のトップ企業がEVで苦戦するように、従来スキルの強さがそのままAI時代の強さになる保証はない。
3.新しいスキルを中心に市場が再編される
・AI活用設計者
・プロンプトアーキテクト
・AI品質監査
・AI導入コンサル
など、新職種が急速に拡大している状況は、EV時代に生まれた新たな自動車関連職と同じ構造です。
4.ガソリン車→EVの転換に学ぶ、AI時代のスキル戦略
EVからわかることは“古いスキルの延長では勝てない”という現実です。では、AI時代のビジネスパーソンはどうスキル戦略を描くべきでしょうか?
1.価値の中心がどこに移動しているかを読む力
エンジン → バッテリー・ソフトへの移動を読めた人がEV時代の中心になったように、AI時代も “価値がどこに生まれるか” を読むことが最重要です。
2.旧スキルをアップデートする柔軟性
ガソリン車整備士がEV整備対応に学び直すように、既存スキルを捨てるのではなく “再構築” する姿勢が求められます。
3.ソフトウェア × データの理解が必要不可欠
AI時代はあらゆる仕事の中心にデータが位置します。EVがデジタル化で進化したように、データを扱える人は価値の中心へ移動します。
4.新しい前提で仕事全体を設計する力
EVは部品構造が大きく変わり、“自動車”という概念自体を再設計しました。AI時代も同じく、AI前提で仕事を設計し直せる人が次の時代の勝者になるのです。
とはいえ、ガソリン車とEVは「移行期が長い」のも事実です。すぐに完全置き換えが起こるわけではなく、価値の中心がゆっくりと、しかし確実に移動している段階だと言えるでしょう。この“移行期にどう動くか”が、キャリアの差を大きく広げていきます。
次回予告
次回の第6回では、PC革命を取り上げます。ホワイトカラーの仕事がPCによって再定義された歴史を紐解き、“AIがホワイトカラーの仕事に何をもたらすのか”を深く読み解いていきます。





