統計でたどる人類と経済の発展史 第10回: データ社会への歴史とこれから
公開日
2025年9月13日
更新日
2025年9月30日
この記事の主な内容
はじめに
前回(第9回)では、1950年代以降にコンピュータやAIが経済統計を大きく変えたことを振り返りました。国勢調査の効率化から金融工学の発展、さらにビッグデータ時代の到来まで、技術が統計のあり方を押し上げてきたことを見てきました。
いま私たちは、物価上昇や為替の変動、地政学的リスク、さらに生成AIの急速な普及といった大きな変化の中にいます。こうした環境下では、政策決定者や企業にとって「データに基づく判断」がこれまで以上に欠かせないものとなっています。その根底には、数千年にわたり積み上げられてきた統計の進化があるのです。歴史を知ることで、未来の統計やデータ活用をより深く理解できると考えられるため、本シリーズをお届けしてきました。いよいよ最終回ですが、一緒に見ていきましょう!
1. 古代から近代までの振り返り
古代エジプトではナイル川の氾濫を予測し税を徴収するために人口や土地の調査が行われていました。ローマ帝国でもセンサス(人口調査)が国家運営の基盤となり、中世にはイスラム圏やヨーロッパで土地台帳や複式簿記が整備され、記録と計算の精度が向上しました。
18世紀にはイギリスのウィリアム・ペティやジョン・グラントが「政治算術」を提唱し、人口や死亡統計を数値で捉える試みが進められました。19世紀になると産業革命の拡大とともに、統計グラフの発明やガウスの最小二乗法などが普及し、統計が科学的な裏付けを持つようになります。20世紀には大恐慌を経てGDPなどの国民所得統計が整備され、戦後は国連による国民経済計算体系(SNA)が世界標準となっていきます。
2. コンピュータとAIによる統計革命
1950年代に米国センサス局がUNIVAC Iを導入したのち、1960年の国勢調査では20万時間の作業が約2.8万時間に短縮され、約600万ドルのコスト削減が実現したと言われています。人口1億7,932万人という規模を抱えていた米国にとって、電子化は必須事項だったのです。
日本でも1960年の国勢調査でIBM 705が導入されました。記憶容量はわずか40KBでしたが、従来では数か月かかっていた集計を大幅に短縮し、人口集中地区や世帯ごとの詳細な分析を可能にしました。戦後の急速な都市化に対応するため、こうした技術の導入は避けて通れなかったといえます。
3. データ社会の到来
2000年代以降は「ビッグデータ時代」と呼ばれるように、世界で生成されるデータ量が爆発的に増えています。IT調査会社IDCの推計では、2018年に約33ZBだった世界のデータ量は、2025年には175ZBに達すると予測されています。これは1兆ギガバイトに相当し、私たちのクリックや検索、購買行動がすべてデータ化されていることを意味します。
この背景には、スマートフォンやSNS、IoT機器の普及があり、データは従来の公的統計だけでなく、POSやウェブ上の価格情報、検索履歴、位置情報といった「オルタナティブデータ」へと広がっています。欧州中央銀行(ECB)は機械学習を使ってインフレ予測を行い、IMFはGoogle検索や空気質データをGDP推計に活用しています。こうした事例は、統計が従来の枠を超えて多様な情報を取り込む方向に進んでいることを示しています。
4. いま私たちが学ぶべきこと
統計の歴史を振り返ると、常に「なぜそれが必要だったのか」という背景があります。古代では税や軍事のため、中世では商業や土地管理のため、近代では産業や国家経済の把握のため、そして現代ではグローバル化と急速な変化に対応するためです。
現代の私たちにとって重要なのは、統計を「難しそうだ…」ではなく「意思決定を支えるインフラ」として活用することです。統計やデータを正しく扱うことは、企業戦略や政策判断の正確さに直結します。
そして、その力を身につけるために今求められているのがリスキリングです。歴史を振り返れば、たとえば古代の為政者が税徴収のために人口調査を学び直したように、また産業革命期の商人や技術者が新しい計算や帳簿の知識を習得したように、社会の変化のたびに人々は新しい知識を学び直してきました。現代においても、データ分析や統計学を学び直すことは、変化の速いビジネス環境に適応するうえで欠かせないと考えられます。特に日本はデータ活用の面で海外に比べて遅れていると言われることが多く、今後の競争力強化には、データに基づいた判断を組織文化として根付かせると同時に、個々人が統計やデータ分析の基礎をリスキリングによって習得することが必要だと思います。
5. 考察とこれから
1950年代のコンピュータ導入は「手作業の限界」を打ち破り、21世紀のAI時代は「データの多様性と量」を活かす段階に入りました。今後は、推定や予測に加えて因果推論や反実仮想といった「もし〜だったら」を考える分析がさらに重視されると思います。技術の進歩とともに、透明性・再現性・倫理的配慮を大切にする姿勢も欠かせません。
統計の歴史を知ることは、未来のデータ社会を生き抜くための知恵につながります。これまで10回にわたり、人類と経済の発展史を統計を通してたどってきました。統計は単なる数字の集まりではなく、人類が課題に直面するたびに進化してきた「生きた道具」なのです。これからの時代も統計とデータを正しく活用することで、より良い意思決定が可能になると考えられます。
本シリーズが皆様の学びの一助となれば幸いです。
<文/綱島佑介>
参考文献・出典
- U.S. Census Bureau 公式資料(UNIVAC I, 1960年センサス関連)
- 総務省統計局「国勢調査のあゆみ」
- IDC (2018) データ量推計レポート
- 欧州中央銀行・IMF ワーキングペーパー





