35時間連続の数学イベントMATH POWER 2016 報告レポート
公開日
2016年11月1日
更新日
2024年3月4日
こんにちは。マスログライターのキグロです。
さて今回は、2016年10月4日から5日にかけて開催された数学のお祭りMATH POWER 2016に参加してきたので、一体どんなお祭りだったのか、ここにご報告したいと思います。
イベントが行われたのは、六本木ニコファーレ。イベントの様子はほぼ全編ニコニコ動画で生放送され、会場の壁にはリアルタイムでコメントが流れました。しかも今回は特別仕様として、ニコニコのコメントでTeXの入力が可能になっていました。
ところでこのお祭り、4日と5日に開催されたのではありません。4日正午から5日23時まで、35時間ぶっ続けで開催されました。とんでもなくぶっ飛んだお祭りですね! 私は始めの数時間をニコニコ動画で視聴し、4日の18時頃から最後まで(29時間!)会場にいました。
MATH POWER 2016は、「もっと社会に数学を」をキャッチコピーに、コアな数学ファンが楽しめるガチな企画から、そこまで数学に詳しくない人も楽しめるお気楽な企画まで、実に多種多様な企画が用意されていました。
そんなイベントの総合MCを務めたのは、現役の高校教師をやりながらお笑い芸人もしているタカタ先生。35時間の最初から最後まで、ハイテンションでMCを務めておられました。
タカタ先生
数学教師芸人。東京学芸大学教育学部数学科卒業。現在、都内の私立高校の数学教師として生徒を指導(教員歴8年)。また、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のピン芸人として数学ネタを中心に活躍中(芸人歴9年)。全国で開催している数学イベント「お笑い数学教室」では、笑えてタメになる数学ネタや授業で、学生のみならず大人から子供まで幅広い層に数学の楽しさを広める活動を行っている。また、イベントや番組での進行役に定評があり、「ロマンティック数学ナイト」「ダイナマイト関西2016プレ予選」「(ニコ生)R藤本の水曜はじけてまざれ!越」などで進行役をつとめる。
まずはラマヌジャンだらけの企画から
オープニングが終わり、まず始まった企画が「32時間耐久計算」です。100年前の数学者ラマヌジャンが発見した数式を使い、円周率を32時間かけてひたすら計算します。
目標は小数点以下100桁!
しかも、ラマヌジャンの時代にあわせて、使っていいのは模造紙と鉛筆、そしてそろばんと手回し計算機のみ。コンピュータの類は一切使えません。東京大学の珠算研究会の学生たちが、245桁も計算できる巨大なそろばんを使って、この無謀な計算に挑みます。ちなみにこのそろばん、1挺37万円(!)もするそうです。
ちなみにニコニコ生放送では、「別アングル画面」を表示することで32時間ずっと計算部屋の様子を視聴(監視?)することができました。
続いての企画は、「奇蹟がくれた数式」の数学的予習。MathPower2016の目玉企画の一つが、映画『奇蹟がくれた数式』の試写。これは先述の数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887-1920)の伝記映画なのですが、その映画の字幕監修を行った東大数学科修士の森脇湧登(もりわきゆうと)さんが、作中に登場する数式や概念を丁寧に解説しました。
『奇蹟がくれた数式』はラマヌジャンのすべての功績を取り上げるわけではなく、「分割数」と呼ばれる問題を中心に、ラマヌジャンの活躍を描きます。森脇さんは、分割数とは何かという説明から始め、ラマヌジャンが発見した公式と、それをどのように証明したのかについて、段階を踏んで丁寧に説明していきました。
話好きの森脇さんは、説明の途中でよく脱線をしてしまいました。しかしその余談もまた数学的に高度な内容で、「これで余談だと……!?」と会場やニコ生のコメントが盛り上がっていました。
森脇湧登(もりわきゆうと)
東京大学理学部数学科卒。現東京大学大学院数理科学研究科修士二年。
専門は表現論、とくに頂点作用素代数、無限次元リー代数、保形関数論。
プログラミングと数学の関係、そして漫画と数学の関係とは
3つ目の企画は、「Webプログラマと数学の接点、その入り口」。株式会社一休 執行役員CTOの伊藤直也さんによる、プログラミングと数学の関係性のお話です。「単にプログラミングをやるだけでは、あまり数学を使うことはありません」と伊藤さん。しかし数学とプログラミングには、意外な共通点があると語ります。
伊藤さんはリコメンド(「Aを買った人はBも買っています」)や検索エンジンを例に、ベクトルや行列がプログラミングにどう使われるかを説明しました。
ベクトルは「複数の数を同時に扱う量」、行列は複数のベクトルを並べたものです。そしてこれらは、プログラミングにおける「配列」と同じだと、伊藤さんは説明しました。
文章には複数の単語が登場するわけですが、これらの単語を数で表現すれば、文章をベクトルで表現することが可能なのだそうです。すると、ベクトルや行列を扱う数学的な手法を使って、文章を数学的に扱うことができるようになるそうです。
そしてここに、プログラミングと数学の意外な共通点があると、伊藤さんは語ります。プログラミングでは、対象をデータ構造に押し込められれば、その対象を扱えるようになります。一方数学でも、対象を行列やベクトルなどにモデル化できれば、その対象を数学的に扱えるようになります。数学とプログラミングは、このように似た考え方をしている面があるのだそうです。
伊藤さんの解説はベクトルと自然言語処理に注目して行われ、ニコニコ生放送では「ベクトルはこうやって使われているのかー」と感心するコメントが流れていました。
伊藤直也(いとうなおや)
ニフティ、はてな取締役CTO、グリー統括部長を経て2016年4月より株式会社一休 執行役員CTO。Kaizen Platform, Inc.、ハウテレビジョン技術顧問。著書に『入門Chef Solo』(達人出版会)『サーバ/インフラを支える技術』『大規模サービス技術入門』『Chef実践入門』 (技術評論社) など多数。
4つ目の企画は、漫画家の江川達也さんと株式会社ドワンゴの代表取締役会長の川上量生さんによる対談「『本当に人生に役立つ学問は、数学だけである。』は本当か?」です。
「本当に人生に役立つ学問は、数学だけである」という言葉は、江川さんの漫画『東京大学物語』に登場する数学教師の言葉です。江川さんは対談の中で、「数学の先生が言っていることは納得できたが、ほかの先生が言っていることは納得できないことが多かった」と言い放ちました。
実は江川さんは、自身の漫画も数学を使って書いているそう。「売れる漫画」には法則があり、その法則に則って描くことはまさに数学そのものだと感じているそうです。『東京大学物語』も前半はそのルール通りに描くことで大ヒットを記録し、後半は敢えてルールを破るという「実験」をし、人気が下がることを「確かめた」とのことです。
なぜそんなことを、と思うかもしれません。江川さんは「売れる法則に則って描くだけでは面白くない」と考えているそうです。これを聞いた川上会長も、「成功することがわかっていることはやりたくない」と共感しました。「わかりきった努力はしたくない」とのことでした。
江川達也(えがわたつや)
1961年愛知県生まれ。愛知教育大学教育学部数学科を卒業。卒業後、公立中学校の常勤教諭となり数学科講師をするも5ヶ月で退職。その後漫画家となり、本宮プロダクションでアシスタントを4ヶ月、連載準備に2ヶ月、23歳の誕生日に講談社青年漫画誌コミックモーニングに『BE FREE!』第1話が載って書店に並ぶ。漫画界に衝撃を与え大ヒット。その後集英社少年ジャンプで『まじかる☆タルるートくん』を始めとする少年誌向けのギャグ漫画や、『東京大学物語』『GOLDEN BOY』などの青年誌向けのストーリー漫画まで幅広い分野で執筆し、作品がアニメ化されるなど、立て続けにヒット作を生み出す。その他、ネームバリューが高い作品(『源氏物語』、『日露戦争物語』など)を漫画化。漫画以外にもタレントとしてテレビ出演、ヌード画集執筆など幅広く活動中。
5つ目の企画は、Math.pow()~6名のプログラマが語る「数学の力」。再びプログラムと数学の企画です。
2015年~2016年に、都内で「プログラマのための数学勉強会」というイベントが行われていました。その主催者である佐野岳人さんと他5名のプログラマたちが、次々とライトニングトークを行いました(残念ながら、当日は主催の佐野さんが体調不良で欠席してしまいました)。
ライトニングトークとは、5分や10分などの短い時間でのプレゼンのこと。この企画では、1人10~15分で数学とプログラミングに関する発表を行いました。
数学を使ってグラフィックを描く発表や音楽を作る発表などのほか、プログラミングに使えるガチな数学の解説、さらには生命現象を数学で再現するプログラミングの紹介などが行われました。
再びラマヌジャン!
6つ目は、目玉企画の一つ。映画『奇蹟がくれた数式』の試写会です。
……が、実はこれは会場に来た方限定の企画で、ニコ生で見ていた方には別企画「ラマヌジャンの発見した公式の証明」が始まりました。
証明する公式は、32時間耐久計算で使われている円周率を求める公式。株式会社すうがくぶんかの瀬下さんと梅崎さんが、証明に取り掛かりました。
梅崎さんはニコニコ生放送の反応を見ながら証明を進めていきます。あとは計算を進めれば証明が完了するというところで……
「終了~~~!」(タカタ先生)
なんと、証明未完で時間切れになってしまいました。
あとは計算するだけだったのですが、梅崎さん曰く、「あと10分くらい」かかるということで、強制終了となってしまいました。
瀬下大輔 (せした だいすけ)
東京大学大学院教育学研究科学校教育高度化専攻、教育内容開発コース(数学教育) 修士課程を修了。Growth Hack Academy ウェブ解析×データ解析講座 講師、よみうりカルチャースクール 講師。その他、法人向け数学・統計学研修など実績多数。
7つ目。東京工業大学教授の黒川重信さんと、東洋大学教授の小山信也さんによる対談「ラマヌジャンを語る」。映画の感想とともに、ラマヌジャンがいかにすごい人物であったか、映画には描かれなかった活躍を語りました。
「映画ではいくつかの難問を解いた人物のように描かれていましたが、彼はそういうレベルの天才ではありません」と小山教授は語ります。曰く、ラマヌジャンは当時の数学者が思いもつかなかったような課題に取り組んでおり、現代になってようやく、その価値がわかってきたものも多くあるそうです。つまり彼は、時代を100年先取りしていたと言っても過言ではないのです。本当にすごい人だったのですね。
例えばラマヌジャンは、有名なリーマン予想に関わる研究もしていたそうです。リーマン予想とは、ゼータ関数と呼ばれる関数についての問題です。ゼータ関数の値がゼロになる点を探してみると、どうも負の偶数の点と、「1/2+ai」の形の点だけでゼロになるように見えます。ゼータ関数が負の偶数の点でゼロになることは割とすぐに証明できるのですが、それ以外の点がすべて「1/2+ai」の形になることは、すぐには証明できません。
それもそのはず、まさにこれがリーマン予想と呼ばれる問題なのです。数学者たちは150年以上、この下線部分を証明しようとし続けているのです。
ラマヌジャンが取り組んでいたのは、現代では「ラマヌジャン予想」または「Local Riemann予想」と呼ばれる問題です。黒川教授によると、リーマン予想はとても難しい問題ですが、ラマヌジャン予想はそれよりは多少簡単で、「人間が解けるレベル」の難しさだそうです。そしてこの予想が、後々フェルマーの最終定理の証明につながっていったそうです。
ラマヌジャンは他に、現代ではDeep Riemann予想と呼ばれる問題にも取り組んでいたそうです。これは、1より小さい点でゼータ関数がどのように振る舞うのかを問う問題だそうです。この振る舞いを表す式は既に予想されているのですが、それが正しいことはまだ証明されていません。そしてラマヌジャンは、この振る舞いの式を発見していたというのです。
この問題にDeep Riemann予想と名付けたのは黒川教授だそうです。命名したのは2011年のこと。ラマヌジャンはその100年も前に同じ問題を考えていたわけで、本当に時代を先取りしていた大天才だったのだと、小山教授は力説していました。
黒川信重(くろかわのぶしげ) 東京工業大学教授
1952年栃木県生まれ。1975年東京工業大学理学部数学科卒業。
1977年東京工業大学大学院修士課程修了。理学博士。
東京工業大学助教授、東京大学助教授を経て、東京工業大学教授、現在に至る。
専門は数論、ゼータ関数論、絶対数学。専門論文は110編以上。
著書(単著)に『絶対ゼータ関数論』(岩波書店、2016年1月)、『絶対数学原論』(現代数学社、2016年8月)など多数。
小山信也(こやましんや) 東洋大学教授
1962年新潟県生まれ。1986年東京大学理学部数学科卒業。
1988年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。理学博士。
米国プリンストン大学客員研究員,慶応大学助教授,ケンブリッジ大学ニュートン数理科学研究所員、梨花女子大学客員教授などを経て現職。
1990年より、アメリカ数学会Mathematical Reviews誌執筆者として、120篇以上の抄録を執筆している。
1995年、学位論文「Spectra and Zeta Functions of Arithmetic Groups」により、井上科学振興財団井上研究奨励賞を受賞。
主な著書に「素数とゼータ関数」(共立出版),「素数からゼータへ,そしてカオスへ」(日本評論社)
専門/整数論、ゼータ関数論、量子カオス。
数学は社会に役立っているのか?
8つ目は、数学に関わる仕事をしていらっしゃる7名によるパネルディスカッション「もっと社会に数学を~大人の数学ブームを考える~」。和から株式会社代表取締役の堀口智之さんがファシリテーターになり、「なぜレールを踏み外す人生を選んだか?」「数学ブームは本当か?」などをテーマに語り合いました。
パネラーのひとり中島さち子さんは、東京大学理学部数学科を卒業後、音楽家の道へ進み、現在は音楽方面でも数学方面でも活躍されている方。堀口さんが中島さんに「なぜそんなレールを踏み外すような真似を?」と尋ねると、「私はレールがあることに気づかなかった」「好きを貫いている人に出会うと感動する。自分もその道を行きたくなってしまう」と語りました。
また、大人のための数学教室「和」の松森大阪室長に「大人に数学を教える魅力とは?」と尋ねると、「自分の教えた数学が、世の中で活きていると実感できること」と答えました。大人が数学を教わりに来る理由は様々で、中には仕事で必要な数学を教わりに来ている方もいらっしゃいます。そのような方々は、教わった内容が仕事に使えると、「こんな風に使えました」と報告してくれるそうです。そういったときに、数学が社会で役立っていると実感できるのだそうです。
そしてニコニコ生放送のアンケートで「数学ブームが来ていると感じるか?」と尋ねると、「はい」が25.2%、「いいえ」が74.8%という結果になりました。パネラーの間では「MATH POWER 2016などの数学のイベントが増えているので、ブームは来ている」という感触だったため、この結果は意外なものと受け止められました。
数学で遊ぶ企画が目白押し
さて、ここで時刻は深夜0時となりました。ついに日付を超えたのです。イベントも13時間が経過し、そろそろ疲れてきました。しかしイベントは、ここからまだ22時間もあります。マスパワーがいかにぶっ飛んだイベントなのか、よくわかりますね。
ここからはしばらくお気楽な企画が続きます。まずはお笑い数学教室。実はこれには、筆者キグロも出演しました。
マスパワーの総合MCも務めるタカタ先生をはじめ、お笑いと数学を融合させたお笑い芸人6組が、5分程度ずつネタを披露しました。漫才ありコントあり、「数学を使ってギャグをやる」という離れ業で会場を沸かせました。
企画の後半では、6人の芸人がステージに上がり、「数学チーム」vs「芸人チーム」で大喜利を行いました。私が登壇したのもここです。
私は芸人でも何でもないのですが、タカタ先生と知り合いだったためか、なぜか急遽呼ばれました。開催の4日くらい前くらいにオファーがかかったので、本当に急でした。正確には、1週間くらい前に軽く打診があり、4日前に正式なオファーがあって受理、というような流れだったのですが、どのみち急でしたね。
お題は「数学戦隊マスレンジャーの必殺技は?」「世界一受けたい数学の授業とは」「こんなバナッハ空間は嫌だ」と、どことなく数学と関係するもの。我々数学チームは「数学的に面白い回答をしてください」と、単にウケを狙うよりも難しいことを要求されました(笑)。
10個目の企画は、素数大富豪大会。素数大富豪とは、2014年に考案され、じわじわと数学好きの間に広まっているトランプゲームです。詳しいルールは下記URLに譲りますが、トランプの大富豪と同じ要領で素数を出していく、とてもシンプルなゲームです。数学に詳しくなくても十分楽しめる、そしてやっているうちに素数を覚えてしまうという、素敵なゲームです。
素数大富豪考案者によるルール解説記事
http://integers.hatenablog.com/entry/2015/12/13/032031
実はこの企画にも私は関わっており、企画メンバーの中澤さんと大会公式ルールを詰めたり、宣伝動画を作ったり、デモプレイを行ったりしました。そして何より、大会トーナメントに参戦しました!
素数大富豪は非常にマイナーなゲームであり、おそらく公の場でトーナメント形式の大会が行われたのは、今回が初でしょう。つまり、これが実質世界初の世界大会であり、ここで優勝したプレイヤーは世界第一位と言っても過言ではありません。
今大会には、20名の方が参戦いたしました。そして私は、第1試合、第2試合と順調に勝ち進んだものの、準決勝で鯵坂もっちょさんと対決し、あっさり敗退してしまいました。無念!
今回の大会を制したのは三浦さんという方でした。オリジナルの素数表を作成し、それを覚えて挑んだとのこと。しかも素数大富豪をやるのは2回目くらいだったそうです!
世界第一位、おめでとうございます!
素数大富豪を午前6時半(!)までやったあと、3時間ほど休憩が挟まりました。さすがに疲れたので、私もロビーで少し仮眠をとりました。
2日目最初の企画は、数学のニュース。数学の世界の最新ニュースをお伝えします、という紹介でしたが、詳しい内容は何一つ事前に明かされませんでした。斎藤ひかりアナウンサーと株式会社すうがくぶんかの瀬下さんが画面に現れ、堅苦しい雰囲気の中で読まれたニュースは……なんと、「フェルマーの最終定理が証明されました」。実に20年近く前のニュースです。
堅苦しい雰囲気だったので真面目な企画かと思いきや、完全にネタ企画でした。しかし、斉藤アナウンサーの読み上げも瀬下さんの解説も、非常にまじめで丁寧なもので、それがいかにすごい出来事かが伝わってくるものでした。
数学を使った頭脳バトル4連発!
あと3つニュースを伝えた後、12個目の企画「数学の決闘~日本数学オープンSP~」の予選が始まりました。ルネッサンス期に行われていたと言われる数学バトルを現代に蘇らせる企画で、事前に応募していた5チームと、当日飛び入り参加した「会場チーム」の計6チームが対戦しました。
対戦は、用意された難問を各チームがそれぞれ解くというもの。予選は3つのセットに分かれて行われました。第1セットでは高校レベルの問題、第2と第3では、それぞれ事前公募により集まった問題を解きました。第1セットは2016年の数学甲子園で出題されたものと同じ問題が出され、例えばこんな問題がありました。
5角形の面積は、公式を使って求めることができます。しかし、実は公式を知らなくても、この問題は簡単に答えることができてしまうのです。それが、画像の右下にちょこちょこと書いてある計算ですね。
数学決闘は見ているだけではつまらないので、会場にいた観客にも問題用紙が配られました。どれもハイセンスな良問ばかりで、解いていて非常に楽しかったです。上の画像の計算は、私がこのとき書いたものです。
またニコ生では、別室で行われた解説を視聴することができました。全問解説するのは時間的に無理だったのですが、良問ばかりの中でもさらに面白い問題を選んで解説していました。
ちなみに、この企画にも私は軽く関わっており、私が提出した問題が1問だけ採用されていました! それがこちらです。
いわゆるモンティ・ホール問題と呼ばれるものの改変版です。ニコ生ではこの問題も解説しており、「とても面白い」と絶賛されていました。
決勝進出となったのは、得点上位の2チーム。ちなみに1位になった「会場チーム」は、なんと第1、第2セットは全問正解、第3セットも1問正解という快進撃を見せました(第3セットは非常に難しく、どのチームも1問正解がやっとでした)。
ちなみに、出題された問題はすべて、MATH POWER 2016の公式Webサイトからダウンロードできます。気になる方は挑戦してみて下さい。
13個目の企画は、みんなで解こう!2016~中学生が作った数学問題~です。以前マスログでも紹介した菅原響生くんが作った、「2016」をテーマにした問題の解答と解説です。この問題は事前にMATH POWER 2016のWebサイトで公開されており、解答を公募していました。
私も事前に問題は見ていたのですが、どうやって解いたら良いのか見当もつかないものばかりでした。しかし響生くんの解説は実にわかりやすく、そしてわかってしまえば何とも簡単な問題ばかりでした。こういうのを良問というのでしょうね。
この企画では、解答解説のほか、寄せられた解答の中でも面白かった解法が紹介されました。ひとつの問題に対して解法がいくつもあるというのは、数学の魅力のひとつではないでしょうか。
菅原響生(すがわらひびき)
数学検定1級(最年少)
第1回 ロマンティック数学ナイト プレゼン
第4回 日本数学オープン優勝チームメンバー
MENSA会員
八田陽二(はったようじ)
高校数学教師
数学教室「和」講師
数学教員/志望者向けの塾 経営
ロマンティック理数ナイト 優勝
第1回 ロマンティック数学ナイト プレゼン
第4回 数学オープン優勝チームメンバー
14個目の企画は、そろばんvs.パソコン ProjectEuler。東京大学珠算研究会の長谷川さんと株式会社ドワンゴのエンジニアの田山さんが、計算力を要する問題5問に挑戦。どちらが早く正解に辿り着けるか、勝負しました。
おそらくこれを企画した人は、そろばんとパソコンの対決が見られると期待したのでしょう。観客の私達もそれを期待しました。しかしそろばん代表の長谷川選手がそろばんを使わず暗算で答えを出すという業を見せつけ、予想外の展開に会場が湧きました。
そして迎えた最終問題は、50桁もの数を100個も足し算し、上位10桁を求めるというトンデモ問題でした。しかしこれ、50桁すべてを足す必要はなく、上位12桁を計算すれば答えが得られてしまいます。それに気付いたそろばんの長谷川選手が見事解答し、勝利を収めました。おめでとうございます!
15個目の企画は、数学決闘の決勝戦。予選で上位2チームに入った「会場チーム」と「ラマヌジャンチーム」の戦いです。
出題されたのは、非常にハイレベルな大問3つ。観客にも同じ問題が配られたので私も取り組んでみましたが、小問の1つが半分くらい解けただけで終わりました。
80分の解答時間が終わり、株式会社すうがくぶんかの内場さんと瀬下さん、そして家庭教師の中澤さんが、壇上で採点を始めました。
そしてなんとなんと、「会場チーム」の第1問の解答を見た内場さんが「パーフェクトですね」とべた褒め。ニコ生のコメントも会場もともに大いに沸きました。
さらにその後も、基本的に高評価を受ける「会場チーム」。中には出題者が舌を巻く予想外の解法が飛び出すなど、非常に盛り上がる採点となりました。
結果、75点満点中、「会場チーム」は48点、「ラマヌジャンチーム」は23点となり、「会場チーム」が圧勝しました! おめでとうございます!
ちなみに、決勝の問題もMATH POWER 2016の公式Webサイトからダウンロードできます。
天に向かって続く数とは
16個目の企画は、東京工業大学教授の加藤文元さんの講演「天に向かって続く数、あるいは“狂った”数」。加藤教授の近著『天に向かって続く数』に合わせたタイトルです。
「天に向かって続く数」とは、ある不思議な性質を持った無限桁の数です。
例えば5を2乗すると、5×5 = 25 となって、下1桁にまた5が現れます。同じように25を2乗すると、25×25 = 625となって、下2桁にまた25が現れます。同様に625を2乗すると下3桁に625が、90625を2乗すると下5桁に90625が現れます。これはどこまでも桁を増やすことができ、「2乗すると下無限桁が元に戻る無限桁の数」が得られます。
これが「天に向かって続く数」です。このような数は、0と1を含めて全部で4つしかありません。
0と1以外の2つを、PとQと書くことにしましょう。このPとQについて調べると、不思議なことに、P×Q = 0となってしまうことがわかります。しかしPもQもゼロではありません。ゼロでない者同士をかけてゼロになってしまうのは、数学的に色々と不都合があります。
ところが、これまた不思議なことに、PとQの積がゼロになってしまうのは、これが10進法で表されているからだと加藤教授は説明します。
10進法とは、10を基準に数を組み立てる方法です。例えば625は、5と、2×10と、6×10×10を足した数です。
PとQの積をゼロにしないためには、p進法を使えばよいのだそうです。ここで、pとは素数のことです。つまり、例えば7進法などを使えばよいということです。
ちなみに、10進法の625を7進法で表すと、1552となります。実際、10進法で2と、5×7と、5×7×7と、1×7×7×7を足すと、625となります。
p進法で表した数をp進数と呼び、これは現在、数学の様々な分野で活用されているそうです。p進数が使えない分野はない、あるならむしろ逆に教えてほしい、と加藤教授は話しました。
加藤文元(かとうふみはる) 東京工業大学教授
1968年仙台市生まれ。1997年、京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻博士後期課程修了。九州大学大学院数理学研究科助手、京都大学大学院理学研究科准教授、熊本大学大学院自然科学研究科教授を経て、現在、東京工業大学理学院数学系教授。その間、マックス・プランク研究所(独)研究員、レンヌ大学(仏)やパリ第6大学(仏)客員教授なども歴任。著書に『数学する精神』『物語 数学の歴史』『ガロア』(以上、中公新書)『数学の想像力』(筑摩書房)など、訳書に『ファン・デル・ヴェルデン 古代文明の数学』(共訳、日本評論社)がある。
数学と俳句の融合!?
17個目の企画は、数学のお兄さんこと横山明日希さんと、俳人の関悦史さんによる数学俳句。なんと、数学と俳句を融合させるという奇天烈な企画です。しかもこの企画、マスパワーのオリジナルの企画ではなく、以前からTwitter上などで流行っていたものなのです。
企画の前半では、横山さんがTwitterなどで募集した数学俳句を紹介し、それらをひとつずつ関さんが添削していきました。
すどさん作の「夏空に 大三角の 外接円」はとても良い句であると、関さんは絶賛しました。関さんによると、俳句には「景色が思い浮かぶこと」「季語の説明で終わらないこと」「俳句の中で話が完結しないこと」などが必要なのだそうです。この句は、これらの条件をしっかりと満たしつつ、ちゃんと数学用語も取り入れているということで、数学俳句として非常にレベルが高いと評していました。
またプロの俳人も数学を取り入れた句を作ることがあるそうで、具体例として四ッ谷龍さんの「石膏と おがたまの花 互いに素」などを紹介していました。おがたまの花は真っ白なのですが、「白」という点以外は石膏と全く異なるものです。この2つを「互いに素」という言葉で結ぶことで、両者の質感の違いなどをより際立たせている句なのだそうです。
企画の後半ではTwitterで視聴者からも俳句を募集し、数学方面と俳句方面の両側から句を読み解いていきました。さらに会場に来ていた俳人(!)からの投稿もあり、バラエティに富んだ俳句が集まりました。
横山明日希(よこやまあすき)数学のお兄さん&理系企画プロデューサー
早稲田大学大学院数学応用数理専攻修士課程修了。学部、修士では統計学を専攻。学生時代に理系のための分野を超えた学びの場「理系コミュニティ理系+」を立ち上げ、北海道、関東、関西、九州と全国各地でイベントを開催。現在は科学エンタメイベント「サイエンスコラボレーションカフェ」を共同主催、また、数学のお兄さんとして講演や執筆活動をしつつ、お笑い、短歌、俳句、アートなどと数学を組み合わせ数学の楽しさを伝える活動をしている。
関 悦史(せきえつし)俳人
1969年茨城県生まれ。20代半ばから病中の気晴らしに一人で句作開始。芝不器男俳句新人賞城戸朱理奨励賞、攝津幸彦記念賞、俳句界評論賞。アンソロジー『新撰21』等に参加。句集『六十億本の回転する曲がつた棒』で田中裕明賞。第19回俳句甲子園審査委員長。共著に『超新撰21』『俳コレ』『虚子に学ぶ俳句365日』『子規に学ぶ俳句365日』等。現在「豈」「ku+(クプラス)」同人。近々第二句集刊行予定。
いよいよ最後の企画、そして円周率は
さて、いよいよ最後の企画になりました。18個目の企画は、ロマンティック数学ナイト~ニコニコ生放送出張バージョン~。和から株式会社が主催するイベント「ロマンティック数学ナイト」を、スペシャルバージョンでお送りしました。
ロマンティック数学ナイトは100π秒(314秒)で数学の魅力を語るイベントですが、この企画では100π+100e秒(586秒 = 9分46秒)で、10人の数学ファンが数学の魅力を語りました。
そして私キグロも、このロマンティック数学ナイトで発表をしてきました! 元々はこの企画だけ出演する予定だったのですが、いざ当日になってみたら他の企画にも出演することになってしまいました(笑)。
私は「取り尽し法は区分求積法なのか?」というタイトルで、ユークリッドが扱った取り尽し法の実例を紹介しました。
他の方々の発表も大変素晴らしく(と言っても、私はステージ裏にいたので半分くらい見られなかったのですが)、ゼータ関数に包まれたり、ふぃっしゅ数の作り方を解説したりしていました。
また数学そのものについて語る方も多く、「数学の正しさは論理が保証しており、とても自由な学問である」(鯵坂もっちょさん)、「数学は手段ではなく目的」(山口暁さん)など、名言が飛び出していました。
以上で、18個すべての企画が終了しました。35時間に渡るぶっ飛んだイベントが、いよいよ終わろうとしていました。
しかし忘れてはいけないのが、目玉企画の32時間耐久計算。円周率100桁を計算すると息巻いていたわけですが……。
19桁目でまさかの失敗。4であるところが6となってしまっていました。
リーダーの内田さんは、「今回この挑戦をやってみて、人間とコンピュータは違うことがわかりました。そろばんは人間の力を引き出せる偉大なものですが、コンピュータはもっと偉大です!」と感想を述べました。
イベントの最後では、アスキードワンゴの鈴木さんが総括を話しました。
「ここまで盛り上がるとは正直思っていませんでした。数学というものの力を知りました」
何かと嫌われる数学という学問ですが、数学が大好きな人も世の中にはたくさんいるのだとよくわかるイベントだったと思います。
ということで、35時間に及んだぶっ飛んだイベントMATH POWER 2016は、無事終了いたしました。
……後日、都内某所でマスパワーの関係者だけの打ち上げが行われ、私も参加しました。そこで、今回のそもそもの発起人である株式会社ドワンゴの川上会長が、第2回の実施を宣言しました!
おそらく、2017年内に実施することになるのでしょう。次はどんな企画が行われるのか、今から楽しみでなりません。
最後に、私キグロの個人的な感想です。
ここまで読んだ方ならお分かりの通り、今回のイベントには数学で遊ぶ企画から、真面目に数学に取り組む企画まで、様々な企画がありました。また出演者の中にも、数学そのものを楽しむ人もいれば、数学を使って何かをする人もいました。
私は、数学との付き合い方には様々な形があって良いと思っています。今回のイベントは、まさにそれを具現化した、素晴らしいイベントだったと感じています。
この記事を読んで、数学とこんな風に付き合う方法もあるんだ、と目から鱗が落ちる方がひとりでもいれば、望外の喜びです。
以上、数学のお祭りMATH POWER 2016の報告でした。
MATH POWER 2016 公式Webサイト
http://mathpower.sugakubunka.com/
(ライター/キグロ)